ほんのりと怖い話。

ほんのりと怖い話を日々更新して逝きます。

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オイナリサン

木曜日、友人から電話があった。
「ねえ、伏見稲荷って行った事ある?」
快活な彼女らしくない、沈んだ小さな声だった。
「ええ?何いきなり?」
聞けば、1ヶ月前手術を受けた母親の回復が、余り思わしくないのだと言う。
どうして伏見稲荷なのか聞いてみると、雑誌に出てた写真に強く惹かれたのだと彼女は言った。
それまで、他人が勧めてくれた所は全部胡散臭く思えたのに、
何故かここなら大丈夫だと思えたらしい。
普段、非科学的な事はすっぱり切り捨てるひとなのに、よっぽど参っているのかと思い、
日曜日に会う約束をして受話器を置いた。

京都・伏見稲荷大社は、東山三十六峰の最も南に位置する、古い神奈備山の麓にある。
本殿の裏は標高233メートルの稲荷山で、まだ夏の濃い緑色を残した山中に、
1万余基の朱塗の鳥居が連なって道を成す様は、ちょっと余所ではお目にかかれない。
「あっちね」人の流れに沿って、彼女は右側の千本鳥居の方へ行こうとする。
「こっちだよ」と左側を差すと、少し不審気な顔をし「何故?」と聞く。
「何でもない時なら左右どっちからでも構わないけど、今日みたいに再生・復活の願いを込めてお参りする時は、左側から時計回りに行かないとね。お百度も同じ」
途切れない程度に人が続く細い坂道を、彼女の手を引きながら登って行く。
この御山の特徴はもう一つ。神々の降臨跡に設けられた正規の御社の周囲に、御塚と呼ばれる、
人々が願いを込めたMy御社がぎっしりと建てられている事だ。
ここには願いの数だけ御社があり、神々がいる。
俺にとっては何ともない事だが、そう言った数多くの社の存在と、願い事が叶ったお礼に奉納される朱塗の30センチ程のミニチュア鳥居がうずたかく積まれている光景は、彼女にとっては一種カルチャーショックだったようで、顔を強張らせたまま、しばらく口を利かなくなってしまった。

稲荷山は3つの峰を持っている。
その最初の峰への道の中程に、俺たちが目指す薬力社があった。薬力さんはその名の通り、
薬石の効力を高め、疾病に悩む人々を救うとされているお稲荷さんだ。
お賽銭を上げ、両手を合わせて祈る。
ふと、何か見られているようで、気になってそちらへ顔を向けてみた。
まだ真剣に祈り続けている彼女の向こう、御塚の古びた石の台に山と積まれた朱塗のミニ鳥居の上に、
白銀色にお日様の金色を少し混ぜたような、輝く毛並みの小さな狐が
ちょこんと座ってこっちを見ていた。
大きさは生まれたての仔狐程だが、その思慮深げな顔付が自ずと歳経たものだと語っている。
なぜだか、白檀のようないい香りがした。
あんまり不思議で美しい狐だったので、目が離せなくなった。
そんな俺の傍らを、参詣の人たちが気にも留めずに通り過ぎて行く。
何秒くらいの事だったか。
瞬間、それがニコっと笑ってうなづいたような気がしたので、慌てて目礼する。
「どうしたの?」傍らで不思議そうな彼女の声がした。
目を開けると、狐は当然もういない。
「いや…」もう一度お賽銭を上げ、ポケットの中のチョコレートを供えた。
代わりに、先に供えられていたキャンディーをひとつ貰って彼女に渡す。
「え、良いの?」彼女は戸惑っていたが、
「お下がりだよ」そう言うと、頷いてバッグにそれをしまった。

水曜日、また彼女から電話があった。母親が快方に向かっていると言う。
「退院したらお礼参りに行くつもり。また一緒に行ってね」
先日とは打って変わった弾んだ声だった。
あの小さな狐が薬力さんだったのか、その御眷属だったのか、俺には全くわからない。
でも、あの優しい微笑はこの事を示していてくれたような気がする。
妙なものに出会うのも、たまにはいいもんだと思った。
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  1. 2005/09/30(金) 13:42:18|
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サンボンメ

「私、手が三本あるの」とマジメに問いかけられたことあります。
初めて付き合った彼女だったので浮かれていたのもありますけど、
思いっきり恋愛感情も常識も吹き飛びました。
もちろん目に見える手はありませんでした。
ただ、それだけなら「頭の変な子」で終わるのですが、
親も話が合っているのです。でもそれでもまだ「ああ、本人を混乱させないためかな」と、
思えたのに、その母親が、
「私も慣れるまでは大変で、その後、あんたに受け継がせるまで大変だったわよ」
と彼女に話をふり、それを笑いながら聴いている彼女を見てたら怖くなりました。
極めつけが「私も次の世代に受け継がないとね」と微笑んだときは、
かわいいはずの彼女の顔が気持ち悪く見えたほどです。
さすがに生理的にも気分が悪くなったので、
数日後やんわりと断って別れました。中学を卒業するまで無言電話をかけられたけど、
ある日、「しかたがないから他の男を探すことにするわ」の電話があって、
その後はもう今に至るまで何もありません。

ただの電波女と言えばそれで終わりなのですが、
「他に男を見つけたから」が安全となった今になるとちょっと気になりますw
かわいいし、確かに身体に触っても怒るどころか笑うようなタイプだったので、
男には困らないでしょうし。今でもときどき思い出すなあ。あれは悪魔だ。
  1. 2005/09/29(木) 13:41:11|
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カクレンボ

ここさいきん、夕方になると隣の団地の子供らが
かくれんぼしているらしく数を数える声とか
「もーいいかい?」「もーいいよ」って声が良く聞こえるんだ。
風呂に入る前にトイレ行くからおとといも
トイレに入ったんだよ、そしたらさ
窓のほうから「ごー、ろーく、」って
凄い小さな声が聞こえてきた。
からかうつもりでこっちは絶対に聞こえないような小さい声で
「7、8、9、10・・・もーいいかい?」って言ってみた。

その時点で女の子の声は聞こえず。
こっちが言ってる間に向こうが数え終わったんだろうなと
思い、トイレを出ようとしたとき
耳元で
「・・・もういいよ。」って囁かれた。

ちなみに、かくれんぼの鬼だったのは
多分、中学年くらいの子。
俺が聞いたのはもっと小さい子の声。
確かに小さいのも混じって遊んでたんだが
そういう時は保護者の一人が見張ってるみたいだから
団地を抜け出して俺の家のトイレの窓の下まで
来るのは無理だと思う。
砂利が敷いてあるから音で分かるだろうし・・・
何だったんだろう。
  1. 2005/09/28(水) 13:31:34|
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コウカイニッシ

「12月27日。カツオ10本つる」
「1月27日。外国船を発見。応答なし。雨が降るとオケに雨水をため、これを飲料水とした」
「2月17日。いよいよ食料少なし」
「3月6日。魚一匹もとれず。食料はひとつのこらず底をついた。恐ろしい飢えと死神がじょじょにやってきた」
「3月7日。最初の犠牲者がでた。機関長・細井伝次郎は、「ひとめ見たい…日本の土を一足ふみたい」とうめきながら死んでいった。全員で水葬にする」
「3月9日。サメの大きなやつが一本つれたが、直江常次は食べる気力もなく、やせおとろえて死亡。水葬に処す」
「3月15日。それまで航海日誌をつけていた井沢捨次が病死。かわって松本源之助が筆をとる。井沢の遺体を水葬にするのに、やっとのありさま。全員、顔は青白くヤマアラシのごとくヒゲがのび、ふらふらと亡霊そっくりの歩きざまは悲し」
「3月27日。寺田初造と横田良之助のふたりは、突然うわごとを発し、「おーい富士山だ。アメリカにつきやがった。ああ、にじが見える…。」などと狂気を発して、左舷の板にがりがりと歯をくいこませて悶死する。いよいよ地獄の底も近い」
「3月29日。メバチ一匹を吉田藤吉がつりあげたるを見て、三谷寅吉は突然として逆上し、オノを振りあげるや、吉田藤吉の頭をめった打ちにする。その恐ろしき光景にも、みな立ち上がる気力もなく、しばしぼう然。のこる者は野菜の不足から、壊血病となりて歯という歯から血液したたるは、みな妖怪変化のすさまじき様相となる。ああ、仏様よ」
「4月4日。三鬼船長は甲板上を低く飛びかすめる大鳥を、ヘビのごとき速さで手づかみにとらえる。全員、人食いアリのごとくむらがり、羽をむしりとって、生きたままの大鳥をむさぼる。血がしたたる生肉をくらうは、これほどの美味なるものはなしと心得たい。これもみな、餓鬼畜生となせる業か」
「4月6日。辻門良治、血へどを吐きて死亡」
「4月14日。沢山勘十郎、船室にて不意に狂暴と化して発狂し死骸を切り刻む姿は地獄か。人肉食べる気力あれば、まだ救いあり」
「4月19日。富山和男、沢村勘十郎の二名、料理室にて人肉を争う。地獄の鬼と化すも、ただ、ただ生きて日本に帰りたき一心のみなり。同夜、二名とも血だるまにて、ころげまわり死亡」
「5月6日。三鬼船長、ついに一歩も動けず。乗組員十二名のうち残るは船長と日記記録係の私のみ。ふたりとも重いカッケ病で小便、大便にも動けず、そのままたれ流すはしかたなし」
「5月11日。曇り。北西の風やや強し。南に西に、船はただ風のままに流れる。山影も見えず、陸地も見えず。船影はなし。あまいサトウ粒ひとつなめて死にたし。友の死骸は肉がどろどろに腐り、溶けて流れた血肉の死臭のみがあり。白骨のぞきて、この世の終わりとするや…」



「とうさんのいうことを、ヨクヨク聞きなされ。もし、大きくなっても、ケッシテリョウシニナッテハナラヌ…。私は、シアワセノワルイコトデス…ふたりの子どもたのみます。カナラズカナラズ、リョウシニダケハサセヌヨウニ、タノミマス。いつまで書いてもおなじこと…でも私の好きなのは、ソウメンとモチガシでしたが…帰レナクナッテ、モウシワケナイ…ユルシテクダサイ…」

  1. 2005/09/27(火) 14:28:20|
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コトリバコ~ソノサン

すいません、怖くて昼間なのに寒いし泣きそうです。
信じてもらえないと思いますが、思い出したことを書かさせていただきます。
そうしないと不安で泣きそうだ

とある所でコトリバコの話を見つけて検索して読んできたのですが、
途中から気持ち悪くなったり泣きたくなったりもどしたりで最後まで読めませんでした
吐いてる途中になんか頭の中にうちにある蔵が出てきてぼんやりと思い出した
昔子供のころ母が育てていた花をボールでぐちゃぐちゃにしてしまい蔵に閉じ込められたことがある。
田舎はそうなんだけど、つっかえ棒で出れないようにするんだ。
それで中は真っ暗で怖くて泣きまくってなんていうか黒いのが体に染み込んでくる感じがした。
それで泣きまくってる時に箱を見つけたんだよ。
今思えば真っ暗で窓一つ無いのに何で見つかったのか分からない。
ただその箱は真後ろにあったんだ。
それで何でか知らないけどそれをあけてみようとして触ったら
(正確には覚えてないけど触ってないかもしれない)
つっかえ棒が外れる音がしてお婆ちゃんが入ってきた。
大丈夫だよって何回も言っていて二人で外に出た。
おばあちゃんは大丈夫だよって何回もゆっくり背中撫でてくれた。
物凄い量を戻したと思う。大人になってもあんな量出なかった。
お婆ちゃんはずっと大丈夫って言ってた。

それで、トイレで吐いてるときにこのこと思い出して
ふらふらしながらパソコンの前に戻ったんだけど
その箱が頭の中でぐるぐるまわってんの。
黒い点々が無数に付いてたなとか。
思い出してまた吐いたんだけどそれ点々じゃなくてお経なんだ多分。
漢字が無数に書いてあって読めなかった。
暗闇のときにしか箱は見てないのに何で覚えてるのか分からないんだよ。
これって大丈夫?お婆ちゃんはあのこと何も言わない。
蔵側に寝てるから怖くてたまらない。
  1. 2005/09/26(月) 14:12:17|
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コトリバコ~ソノニ

俺、建築関係の仕事やってんだけれども、先日、岩手県のとある古いお寺を解体することになったんだわ。
今は利用者もないお寺ね。んでお寺ぶっ壊してると、同僚が俺を呼ぶのね。
「○○~、ちょっと来て」と。俺が行くと、同僚の足元に、黒ずんだ長い木箱が置いてたんだわ。

俺「何これ?」
同僚「いや、何かなと思って・・・本堂の奥の密閉された部屋に置いてあったんだけど、ちょっと管理してる業者さんに電話してみるわ」

木箱の大きさは2mくらいかなぁ。相当古い物みたいで、多分木が腐ってたんじゃないかな。
表に白い紙が貼り付けられて、何か書いてあるんだわ。相当昔の字と言う事は分ったけど、
凡字の様な物も見えたけど、もう紙もボロボロで何書いてるかほとんどわからない。
かろうじて読み取れたのは、

「大正??年??七月??ノ呪法ヲモッテ、両面スクナヲ???二封ズ」

的な事が書いてあったんだ。木箱には釘が打ち付けられてて開ける訳にもいかず、
業者さんも「明日、昔の住職に聞いてみる」と言ってたんで、その日は木箱を近くのプレハブに置いておく事にしたんだわ。

んで翌日。解体作業現場に着く前に、業者から電話かかってきて、

業者「あの木箱ですけどねぇ、元住職が、絶対に開けるな!!って凄い剣幕なんですよ…なんでも自分が引き取るって言ってるので、よろしくお願いします」

俺は念のため、現場に着く前に現場監督に木箱の事電話しておこうと思い、
俺「あの~、昨日の木箱の事ですけど」
監督「あぁ、あれ!お宅で雇ってる中国人(留学生)のバイト作業員2人いるでしょ? そいつが勝手に開けよったんですわ!!とにかく早く来てください」

嫌な予感がし、現場へと急いだ。プレハブの周りに、5~6人の人だかり。
例のバイト中国人2人が放心状態でプレハブの前に座っている。

監督「こいつがね、昨日の夜中、仲間と一緒に面白半分で開けよったらしいんですよ。で、問題は中身なんですけどね…ちょっと見てもらえます?」

単刀直入に言うと、両手をボクサーの様に構えた人間のミイラらしき物が入っていた。
ただ異様だったのは・・・頭が2つ。シャム双生児?みたいな奇形児いるじゃない。
多分ああいう奇形の人か、作り物なんじゃないかと思ったんだが…

監督「これ見てね、ショック受けたんか何か知りませんけどね、この2人何にも喋らないんですよ」

中国人2人は俺らがいくら問いかけても、放心状態でボーっとしていた(日本語はかなり話せるのに)。

あ、言い忘れたけど、そのミイラは
「頭が両側に2つくっついてて、腕が左右2本ずつ、足は通常通り2本」という
異様な形態だったのね。俺もネットとかで色んな奇形の写真見たこと
あったんで、そりゃビックリしたけど、「あぁ、奇形か作りもんだろうな」と思ったわけね。

んで、例の中国人2人は一応病院に車で送る事になって、警察への連絡はどうしようか、
って話をしてた時に、元住職(80歳超えてる)が息子さんが運転する車で来た。開口一番、

住職「空けたんか!!空けたんかこの馬鹿たれが!!しまい、空けたらしまいじゃ…」

俺らはあまりの剣幕にポカーンとしてたんだけど、住職が今度は息子に怒鳴り始めた。
岩手訛りがキツかったんで標準語で書くけど、

住職「お前、リョウメンスクナ様をあの時、京都の○○寺(聞き取れなかった)に絶対送る言うたじゃろが!!送らんかったんかこのボンクラが!!馬鹿たれが!!」

ホント80過ぎの爺さんとは思えないくらいの怒声だった。

住職「空けたんは誰?病院?その人らはもうダメ思うけど、一応アンタらは祓ってあげるから」

俺らも正直怖かったんで、されるがままに何やらお経みたいの聴かされて、経典みたいなのでかなり強く背中とか肩とか叩かれた。
結構長くて30分くらいやってたかな。
住職は木箱を車に積み込み、別れ際にこう言った。

「可哀想だけど、あんたら長生きでけんよ」

その後、中国人2人の内1人が医者も首をかしげる心筋梗塞で病室で死亡、
もう1人は精神病院に移送、解体作業員も3名謎の高熱で寝込み、俺も釘を足で踏み抜いて5針縫った。
まったく詳しい事は分らないが、俺が思うにあれはやはり人間の奇形で、差別にあって恨みを残して死んでいった人なんじゃないかと思う。

だって物凄い形相してたからね…その寺の地域も昔部落の集落があった事も何か関係あるのかな。
無いかもしれないけど。でも長生きはしたいです。
  1. 2005/09/25(日) 14:31:19|
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コトリバコ~ソノニ~ソノゴ

コトリバコソノニの経験者の方が、住職の息子さんと電話でコンタクトを取った模様です。
以下、そのやり取り。
____________________________________

すんません。直前になって何か「やはり直接会って話すのは・・・」とか言われたんで、
元住職の息子さんに「じゃあ電話でなら…」「話せるとこまでですけど」という条件の元、話が聞けました。
時間にして30分くらい結構話してもらったんですけどね。
なかなか話し好きなオジサンでした。要点を主にかいつまんで書きます。

息子「ごめんねぇ。オヤジに念押されちゃって。本当は電話もヤバイんだけど」
俺「いえ、こっちこそ無理言いまして。アレって結局何なんですか??」
息子「アレは大正時代に、見世物小屋に出されてた奇形の人間です」
俺「じゃあ、当時あの結合した状態で生きていたんですか?シャム双生児みたいな?」
息子「そうです。生まれて数年は、岩手のとある部落で暮らしてたみたいだけど、生活に窮した親が人買いに売っちゃったらしくて。それで見世物小屋に流れたみたいですね」
俺「そうですか・・・でもなぜあんなミイラの様な状態に??」
息子「正確に言えば、即身仏ですけどね」
俺「即身仏って事は、自ら進んでああなったんですか!?」
息子「…君、この事誰かに話すでしょ?」
俺「正直に言えば…話したいです」
息子「良いよ君。正直で(笑)まぁ私も全て話すつもりはないけどね…
アレはね、無理やりああされたんだよ。当時、今で言うとんでもないカルト教団がいてね。教団の名前は勘弁してよ。今もひっそり活動してると思うんで…」
俺「聞けば、誰でもああ、あの教団って分りますか?」
息子「知らない知らない(笑)極秘中の極秘、本当の邪教だからね」
俺「そうですか…」
息子「この教祖がとんでもない野郎でね。外法(げほう)しか使わないんだよ」
俺「外法ですか?」
息子「そう、分りやすく言えば(やってはいけない事)だよね。ちょっと前に真言立川流が、邪教だ、外法だ、って叩かれたけど、あんな生易しいもんじゃない」
俺「…具体的にどんな?」
息子「で、当時の資料も何も残ってないし偽名だし、元々表舞台に出てきたヤツでもないし、今教団が存続してるとしても、今現在の教祖とはまったく繋がりないだろうし、名前言うけどさ・・・物部天獄(もののべてんごく)。これが教祖の名前ね」
俺「物部天獄。偽名ですよね?」
息子「そうそう、偽名。んで、この天獄が例の見世物小屋に行った時、奇形数名を大枚はたいて買ったわけよ。例のシャム双生児?って言うの?それも含めて」
俺「…それで?」
息子「君、コドクって知ってる?虫に毒って書いて、虫は虫3つ合わせた特殊な漢字だけど」
俺「壺に毒虫何匹か入れて、最後に生き残った虫を使う呪法のアレですか?(昔マンガに載ってた)」
息子「そうそう!何で知ってるの君??凄いね」
俺「ええ、まぁちょっと…それで?」
息子「あぁ、それでね。天獄はそのコドクを人間でやったんだよ」
俺「人間を密室に入れて??ウソでしょう?」
息子「(少し機嫌が悪くなる)私もオヤジから聞いた話で、100%全部信じてるわけじゃないから…もう止める?」
俺「すみません!…続けてください」
息子「分った。んで、それを例の奇形たち数人でやったわけさ。教団本部か何処か知らないけど、地下の密室に押し込んで。それで例のシャム双生児が生き残ったわけ」
俺「閉じ込めた期間はどのくらいですか?」
息子「詳しい事は分らないけど、仲間の肉を食べ、自分の糞尿を食べてさえ生き延びねばならない期間、と言ったら大体想像つくよね」
俺「あんまり想像したくないですけどね…」
息子「んで、どうも最初からそのシャム双生児が生き残る様に、天獄は細工したらしいんだ。他の奇形に刃物か何かで致命傷を負わせ、行き絶え絶えの状態で放り込んだわけ。奇形と言ってもアシュラ像みたいな外見だからね。その神々しさ(禍々しさ?)に天獄は惹かれたんじゃないかな」
俺「なるほど・・・」
息子「で、生き残ったのは良いけど、天獄にとっちゃ道具に過ぎないわけだから、すぐさま別の部屋に1人で閉じ込められて、餓死だよね。そして防腐処理を施され、即身仏に。この前オヤジの言ってたリョウメンスクナの完成、ってわけ」
俺「リョウメンスクナって何ですか?」

※神話の時代に近いほどの大昔に、リョウメンスクナと言う、2つの顔、4本の手をもつ怪物がいた、と言う伝説にちなんで、例のシャム双生児をそう呼ぶ事にしたと、言っていた。

俺「そうですか・・・」
息子「そのリョウメンスクナをね、天獄は教団の本尊にしたわけよ。呪仏(じゅぶつ)としてね。他人を呪い殺せる、下手したらもっと大勢の人を呪い殺せるかも知れない、とんでもない呪仏を作った、と少なくとも天獄は信じてたわけ」
俺「その呪いの対象は?」
息子「…国家だとオヤジは言ってた」
俺「日本そのものですか?頭イカレてるじゃないですか、その天獄って」
息子「イカレたんだろうねぇ。でもね、呪いの効力はそれだけじゃないんだ。リョウメンスクナの腹の中に、ある物を入れてね…」
俺「何です?」
息子「古代人の骨だよ。大和朝廷とかに滅ぼされた(まつろわぬ民)、いわゆる朝廷からみた反逆者だね。逆賊。その古代人の骨の粉末を腹に入れて…」
俺「そんなものどこで手に入れて・・・!?」
息子「君もTVや新聞とかで見たことあるだろう?古代の遺跡や墓が発掘された時、発掘作業する人たちがいるじゃない。当時はその辺の警備とか甘かったらしいからね…そういう所から主に盗ってきたらしいよ」
俺「にわかには信じがたい話ですよね…」
息子「だろう?私もそう思ったよ。でもね、大正時代に主に起こった災害ね、これだけあるんだよ」

1914(大正3)年:桜島の大噴火(負傷者 9600人)
1914(大正3)年:秋田の大地震(死者 94人)
1914(大正3)年:方城炭鉱の爆発(死者 687人)
1916(大正5)年:函館の大火事
1917(大正6)年:東日本の大水害(死者 1300人)
1917(大正6)年:桐野炭鉱の爆発(死者 361人)
1922(大正11)年:親不知のナダレで列車事故(死者 130人)

そして、1923年(大正12年)9月1日、関東大震災、死者・行方不明14万2千8百名

俺「それが何か?」
息子「全てリョウメンスクナが移動した地域だそうだ」
俺「そんな!教団支部ってそんな各地にあったんですか?と言うか、偶然でしょう(流石に笑った)」
息子「俺も馬鹿な話だと思うよ。で、大正時代の最悪最大の災害、関東大震災の日ね。この日、地震が起こる直前に天獄が死んでる」
俺「死んだ?」
息子「自殺、と聞いたけどね。純粋な日本人ではなかった、と言う噂もあるらしいが…」
俺「どうやって死んだんですか?」
息子「日本刀で喉かっ斬ってね。リョウメンスクナの前で。それで血文字で遺書があって…」
俺「なんて書いてあったんですか??」



「   日   本   滅   ブ   ベ   シ   」



俺「…それが、関東大震災が起こる直前なんですよね?」
息子「そうだね」
俺「…偶然ですよね?」
息子「…偶然だろうね」
俺「その時、リョウメンスクナと天獄はどこに…??」
息子「震源に近い相模湾沿岸の近辺だったそうだ」
俺「…その後、どういう経由でリョウメンスクナは岩手のあのお寺に?」
息子「そればっかりはオヤジは話してくれなかった」
俺「あの時、住職さんに(なぜ京都のお寺に輸送しなかったんだ!)みたいな事を言われてましたが、あれは??」
息子「あっ、聞いてたの…もう30年前くらいだけどね、私もオヤジの後継いで坊主になる予定だったんだよ。その時に俺の怠慢というか手違いでね…その後、あの寺もずっと放置されてたし…。話せることはこれくらいだね」
俺「そうですか…今リョウメンスクナはどこに??」
息子「それは知らない。と言うか、ここ数日オヤジと連絡がつかないんだ…アレを持って帰って以来、妙な車に後つけられたりしたらしくてね」
俺「そうですか…でも全部は話さないと言われたんですけど、なぜここまで詳しく教えてくれたんですか?」
息子「オヤジがあの時言ったろう?可哀想だけど君たち長生きできないよ、ってね」
俺「…」
息子「じゃあこの辺で。もう電話しないでね」
俺「…ありがとうございました」

以上が電話で話した、かいつまんだ内容です…はっきり言って全ては信じてません。

何か気分悪くなったので今日は寝ますね。
___________________________________

はっきり言って非常に恐ろしいです…。
コトリバコについてはコチラを参照して下さい。
  1. 2005/09/25(日) 14:30:26|
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ケイビニッシ

 このたび配属された医大はロビー脇に警備室があり、受付の窓口はそこに面している。
 本館を東西に貫く廊下に面してドアがあり、そこから俺達は出入りしていた。

 受付の窓とドアの間の角が壁になっており、そこが死角となる。
 そこに配置された増設を重ね接続が複雑になったインターホンの操作や、並び順がめちゃくちゃなキーボックスの法則をどうにか掴み、受付などのさまざまな業務に慣れてきた頃、ソレは起こった。

 日付が変わった頃、俺は単独で受付に座っていた。夜遅くでも研究員の出入りがあるため、常に誰かがここに就いていなくてはならない。
 とはいえそんなに頻繁にあるわけではなく、当然ながら退屈であり眠くなってくる。
 そして、うつらうつらとしていたが突如漂ってきた異臭によって覚醒した。

 ベチャリ

 ただならぬ気配に目を見開くと、泥の塊を引きずったような線が廊下に伸びていた。

 ベチャリ

 鼻腔をくすぐる、ドブと大便の臭いが混じったような異臭。

 ベチャリ

 視界の片隅に見えた、ぼろ雑巾のような大きな塊。

 ベチャリ

 それは死角となる領域、キーボックスや各種インターホンが据えつけられた壁の向こう側へと入る。

 ベチャリ

 本能的な恐怖。風を通すために開けっ放しにしたドアが目に入る。

 ベチャリ

 タックルするようにドアに飛びつき、その勢いで締める。

 ベチャリ

 腰が抜けてしまい立てない。ドアにもたれかかり、ドアノブに手を伸ばすも、指先が震えていてサムターンがうまく回せない。

 ベチャリ

 接近しつつあった濡れ雑巾を床に落としたような音が、ついに俺の真後ろからドア越しに聞こえてきた。

 ベチャリ

 どうにか震える指がつまみを捕らえ、カチリと鍵がかかった音がした。
 まさに、その瞬間。
 ドアノブが左右にガタガタと回りだし、慌てて手を引っ込める。
 誰だ!
 みっともないくらいに震えているが、どうにか声をふりしぼる。
 すると、ドアの向こうからはゴボゴボとうがいの様な音が聞こえてくる。
 何か喋ってるようにそれは変化するが、言葉として聞き取ることはできなかった。
 そして俺は、何を血迷ったのかノックの回数でドアの向こうにいる何かとの意思の疎通を試みてしまった。

 昔、怪談で聞いた話だ、何か質問をし、はいなら一回、いいえなら二回といった具合にノックさせるという。
 その怪談の状況や結末は覚えていない、ただ、そのコミュニケーション方法だけが印象に残っていた。

 何か用ですか
 コン(……って、用があるから来たんだろうかボケ)
 私にできることですか
 ……コン(少し迷った。悪かったな新米で)
 近くに住む人ですか
 コンコン
 あなたは生きていますか
 コンコン

 といった具合に質問を重ねる。
 ノックの音には、何か柔らかいものがドアにあたって潰れる音が混じっていた。

 そして、
 あなたは男の人ですか
 そう訊いてからは何の返答もなかった。
 いつまでたってもノックの音も、足音もしない。
 まだ、何かはそこにいるということか。

 身動きが取れないまま、一瞬とも、何時間とも思える時間が過ぎる。
 そのとき電話が鳴り飛び上がる。
 徹底的に先輩にしごかれていたため、恐怖感を無視して反射的に電話に飛びついた。
 ヘマしたときの叱責は、ある意味先ほどの未知なる存在との接触以上に怖かったのだ。
 電話は職員からで、至急で法医解剖を行うことになったので、搬入ゲートの開放とストレッチャーの用意をしておいて欲しいとのこと。
 マニュアルと格闘して通達すべき職員とそれぞれへの連絡事項を纏め上げ(通達は出勤してくる時間から行うことになっている)、仮眠を終えて起きてきた同僚に引継ぎを行い、
届いた朝刊をそれぞれの研究室や部署に配布し、朝早くから襲来する掃除のおばちゃんに担当場所の鍵を渡し……と、てんてこ舞いでありすっかり先ほどのドアの向こうの存在を忘れていた。

 アレを思い出したのは、最後の新聞を渡し終えて警備室に戻ったときだった。
 掃除のおばちゃんが、ドアノブを拭いていた。
 普段は、そこまでしていなかったのに。
 理由、訊くに訊けなかった。

 ふたたび窓口に着くと外線が鳴った。
 至急で法医解剖を行うことになったので、搬入ゲートの開放とストレッチャーの用意をしておいて欲しいとのこと。
 内容はあの時かかってきたものとまるっきり同じ。一体、これはどういうことなのか。
 そして、もう一つのことを思い出した。
 電話の呼び出し音、普通ではあった。ただ……内線とも、外線とも異なる呼び出し音だった。

 退勤時刻まであと30分……というところでついに仏さんが来る。
 搬入ゲートに入ってきたバンのハッチが開くと、消毒薬でも隠しきれないドブと大便の臭いが混じったような仏さんの匂いが漂う。
 ストレッチャーを回し、積み込みを手伝う、シート越しに、仏さんのでっぷりと太った体型が伺える。
 そのとき、振動によるものか仏さんの片腕がだらりとシートからはみ出した。
 拳だけ、皮膚が裂け骨が出ていた。素人目にも、他の部分とは損傷の仕方が不釣合に見えた。

 数日後、解剖担当の教授がお菓子を差し入れに持ってきた。そのときの雑談でこの前の仏さんの話を聞く。
 でっぷりと太っているように見えたのは水死体……いわゆるドザえモンだったかららしい。
 なんでも、性別もわからず手術跡もないため身元の特定は難しいという。
 損傷はそんなに激しくはなかったと思ったが、そういう意味ではなかった。
 世の中には、半陰陽といって男でも女でもない状態で生まれて来る人がいるという。
 あの仏さんがそうであり、水死体であり水流にもまれて身に着けていたものをすっかり洗い流されてしまっているため、生前はどう過ごしていたかも特定は難しいという。
 体のことを知られるのを恐れ、医者にかかってない可能性もあるからカルテなどないかもしれない。
 残った要素から特定せにゃならんから警察の人は大変だと教授はこぼしていた。

 仏さんが来る前夜の怪現象を思い出す。
 ドア越しにノックでコミュニケーションを試みたアレがあの仏さんだったのだろうか。
 だから、男の人かと聞いても答えられなかったのか。
 仏さんが生前、どう生きていたのか、どう生きたかったのかはわからない。
 それでも、あるがまま、本人の望む形で生きられたと願わずにはいられなかった。
  1. 2005/09/24(土) 14:11:32|
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インシュリン

最近体験した事で、心霊は関係ないんですが・・・

自分の命が終わりそうな状態で意識がはっきりしている時の恐怖というのは、
恐ろしく、心細く、悲しいという事を知りました。
勿論、人それぞれ生死観は違うでしょうが、私は気が小さい人間で、
自分の命の蝋燭が消えてしまう、火がどんどん小さくなる事を
実感するのは堪らなく恐怖でした。

前置きが長くなりましたが・・・
深夜、原因不明の体調不良で、外に出歩けないほど気分が悪くなったんです。
一人暮らしで、引っ越して間もない土地で、薬局や病院の場所もわからず、
体の具合はどんどん悪くなり、救急車を呼ぶという行動をとりました。
その時点でかなり体調は悪く、会社を一日休んだ状態だったのですが、
救急車が到着するまで間に合わなかったらどうしようという、
小心者特有の考えが頭に浮かんでしまい、焦りで動機は早くなり、
呼吸はし辛くなり、誰かに声をかけ続けて欲しいという
迷惑な想いが頭に浮かび、這って玄関を出、
そこでへたり込んでしまいました。

そこに運良く深夜のコンビニ帰りの同じ階の方が通りかかり、
私は恥ずかしげも無く、
「救急車が来るまでお喋りしていただけませんか」
というような事を言いました。・・・言ったんです。
自分が大事だったので恥ずかしいとか考えられませんでした。
その方は、優しく大丈夫、大丈夫と言ってくれて、
救急隊員が来るまで声をかけ続けてくれました。
本当に感謝しました。
救急車が到着し、隊員の方に誘導されて車に乗り込みました。
その時はまだ、保険証を手に取ったり、ドアの鍵をかける事は
出来る状態でした。
車の中では、受け入れ先の病院が決まらない状態で、
その間にどんどん体調が悪化してゆきました。
全身の筋肉がゆるみ、寒さが襲ってきて、寒いのに
脂汗がだらだらと、顔を流れるほど噴出してきて、
生きる為の力が残り少ないんだという事を勝手に想像して、
(実際そうだったんですが)
生活も希望が持てない状態で、人生にも自分なりの答えが
出せていないのに、救急車の中で私の人生は終わるんだと思うと、
ものすごい恐怖で、残りの時間で何が出来るのか、
何を考えられるのか、死んだらこの思考も止まるのか、
癌患者でも、もっと覚悟する時間はあるんだろうななどと、
不謹慎な事も色々考えました。

受け入れ先の病院が決まった時点で救急車は走り出し、
私の命のために赤信号をバンバンとばしていきました。
その時点で私は、全身がしびれ、体の筋肉には力が入らず、
感覚は説明が難しいのですが、体はゴムの塊のように感じられ、
心臓と頭の中に残ったかすかな力が体をもたせている感覚でした。
後で聞いたところでは、小心者の私は弱音を吐きまくって
いたらしいです。
人生の大一番で無様な私でした。
不安がとれない、恐怖がとれない、(生きる)力を戻すには
どうすればいいですか、と繰り返していたらしいです。
こわもてのおじさん隊員が、
「死ぬって言える奴は死なねえよ!しっかりせんか!」
というような台詞ではげましてくれていたのは覚えています。

結局助かったのですが、原因はすい臓の機能不全と風邪でした。
体の中にインシュリンが大量に出ていて、低血糖状態で、
普通はそれで死ぬなんて事はないですが、
血糖が足りず弱った状態で風邪に体が負けそうになっていて、
気を緩めたら危なかったかもしれないと言われました。
今回は助かりましたが、人間はいずれ死ぬのだから、
その時は、自分の死を慌てず怖がらず受け止めたいです。
その為に、死の際に思い返せる幸せな体験を沢山したいと思いました。
私は並外れて気弱なので、他の人はもっと楽観的に受け止められる
かと思いますが、私の人生で一番怖い経験だったので、
ここに書かせて頂きました。終わりです。長々と失礼しました。
  1. 2005/09/23(金) 15:12:40|
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ゲンインフメイ

10年程前、結婚したばかりのころ、会社で突然めまいと、自分でもわかる位
急激に体温が上がるのを感じて早退した。
駅に向かって歩いていたらもう立っていられないぐらいの頭痛とめまいで、ひざをついてしまった。
「大丈夫ですか?」と見ず知らずの人が肩を貸してくれて、何とか近くの救急病院にたどりついた。
診察を受けたが、特に何の心当たりもなく、原因不明の高熱と言われ(検温したら40.6℃だった!)、
とにかく点滴をする、と処置室のベッドに寝かされて朦朧としていた。
連絡を受けた嫁が病院に着いたとき、何を話したかもう覚えていない。
しばらくすると、座薬が効いてきたのか少し熱が下がり、やっと嫁とまともな会話が出来るようになった。

カーテン一枚で仕切られた隣のベッドに何やら騒がしいヤツが運ばれてきた。
奇声を上げた思ったら何かわけのわからない話をブツブツ言い出す。
「耳から小人が…耳から小人が入ってきて頭の中をチュチュチュチュ…」
奇声のたびにカーテンが大きく揺れるので、さすがに身の危険を感じ、
ナースコールを押すのだが、看護婦はオレの方ではなく、隣のヤツに向かい
「静かにして、ここは病院なのよ!」
などと抑えようとしているようだが、効果なし。
そのうち先生まで登場したがますます暴れているようで、聞こえてくるのは呻き声とか、
ボコボコという音とか、ナースの押し殺した悲鳴とか。

こりゃヤバイと、嫁にはとりあえずロビーに逃げろと言ったものの、オレはまだ点滴に
縛られたまま、熱も39度より下がらず、まったく動けない。

そのうち正義の味方、警察官数名登場、ドカドカと足音がしたかと思うと隣の患者(?)
の獣みたいな喚き声、恫喝の声、警棒らしき物を引き抜くシュッという音、
ボカボカという音、足摺する音と引き摺っていく足音…。

不意にカーテンが開いたので真剣にビビっていたら、先生だった。
隣に運ばれて来たのは、シンナー中毒の少年で、暴れて手に負えないので警察を呼んだとか。
…先生、顔がボコボコです。
「私も殴られました。」

で、騒ぎと共に点滴も終わり、針を抜きに来たナースが、腕に発疹を発見、
本人まったく覚えていないため、実家の母にまで電話をかけて、判明。
「風疹です、他の患者さんにうつるといけないので…」早く帰れってか?

それからちょうど3日、本当に40度を越える熱が出続け、鼻の粘膜がボロボロになり、
ちょっとした事でドボドボ鼻血を出しながらも無事生還。
子供の病気は子供のうちにしておくのがやっぱり吉。
  1. 2005/09/22(木) 14:38:11|
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シュウゴウポスト

これはある人が6年位前に体験した。話なんですがね・・・。
彼は郵便局でアルバイトをしていた。結構大きな町でもってね。
郵便局のアルバイトだから色々な所を配る。一軒屋、マンション
アパート、会社、中には○○組の事務所なんてのも、あったみたいです。
彼は別に霊感とか、強いわけじゃない。普通の19歳ですよ。
その日もいつものように郵便を配ってた。お盆前、真夏ですよ。
車の排気ガス、焼けたアスファルト、クーラーの室外機、とにかく暑い。
飲み物なんか飲んでも、たちまち汗になってしまう。そんな暑さ・・・・。
 あるアパートの集合ポスト(マンションやアパートの1階入り口
なんかにある101号室102号室203号室なんて書いてある)あのポスト。
あれに郵便物を入れていた。
でもなんか、気になる。間違えてるわけじゃないよなぁ?書留は無いし・・
なにも間違えてないし、何だかわかんないけど落ち着かない。郵便を入れながら
彼ねーふと気が付いたんだなぁ。

涼しい・・その場所なんだかすごく涼しい。もちろん日陰ではあるけど、そんな涼しさじゃない・・で思った。
これ、どっかクーラーの冷気が漏れてるな。そう思った。それ位涼しいんですよね。
仕事もある程度メドがついていたから、涼しいし、ここで休憩しようそう思ってね。休憩した。
買っておいたスポーツ飲料飲んで、喉もカラカラですからね。涼しいしイイ気持ちですよ。
汗も引いた頃、そろそろ行くか、そう思って振り返った。
瞬間ウ~ッ!!驚いた。なんで驚いたかというと、
いつの間にか後ろに、お婆さんが立っていた。キチンと着物を着た品の良さそうなお婆さん。
で、彼の驚いている姿を見て、お婆さんも少し驚いたような顔をしてる。
「あら!・・るのね・・ブツブツ・・」小さい声で何か言ってる。
いつの間にココに来たんだろう?気配なんか全く無かったよなぁ、ブツブツ言ってるし、気持ち悪いな。彼はそう思った。

ま~とにかく仕事に戻ろうと、そのお婆さんに、かるくえしゃくして行こうとした。「待って」お婆さんにそう呼止められた。
「なにか?」彼が聞いた。
すると「305号室の手紙届いてないかしら?」そうお婆さんが聞いてきた。
「やー届いてないですねー」彼は答えた。でも不思議に思ったんだなぁ~。
というのも、その305号室、手紙どころか明細や広告すら届いたことが1回もなかった。
305号室って人が住んでたんだなぁ。そう彼が思っていると、そのお婆さんは、淋しうに「あらそー。ずっと待っているのよ。なんで届かないのかしら・・・・そうだアナタに
お願いがあるの、私、足が弱いのよー。ココまで(1階にある集合ポスト)降りてくるの辛くて・・申し訳ないけど手紙が来たら部屋まで持ってきて下さる?」そう言ってきた。
上司(班長)に日頃から、要望には、なるべく答えるようにと言われていたし、お婆さんの事情を聞けば断る事もできないですよねぇ。

「わかりました郵便が届きましたら部屋の方に届けます」そう彼は話したそうです。
するとお婆さんは、「よかったわ~部屋教えるわね~、付いてきて」そういって歩きだした。
彼は「いや!あの~大丈夫ですよ。305号ですよね。部屋の場所は解りますので」そう言っんだけどお婆さん「こちらよ。」どんどん階段の方に行ってしまう。
彼は、こまったなー。もしかすると、足が弱いって言ってたし、階段上がるの手伝えって事かな~?その時は彼、そんな風に思って、仕方なく、ついて行った。
突き当たりのカドを曲がって、お婆さんが階段を上りはじめた。3秒位遅れで彼もカドを曲がり、階段を上り始めた。その瞬間彼は動きが止まった。いない!お婆さんいないだ!
時間的に階段の途中か、せいぜい踊り場にいなくちゃいけないのに、お婆さんがいない!!
なんだこれ、おかしいぞ?そう思った。すると上の階から「上よ」お婆さんの声がした。
変だぞ。そう思いながわも、階段を駆け上がった。2階いない。3階いない、4階いない。部屋は全部見通せるのに、お婆さん何処にもいない。

なんだ、なんだ??そう思っていると今度は、下の階(3階)から「こちらよ」そう声が聞こえた。
彼は急いで駆け降りた。降りてみると305号室の前、お婆さんが立ってる。さっき3階を見たときは、絶対いなかった。
305号室の前も見て確認しているし、隠れる場所も無い。でも、お婆さんドア指差して部屋の前にいる。不思議ではあるけど、怖いとは思わない。彼は、お婆さんにさっき何処にいたのかを聞いたわけなんですねぇ。
するとお婆さん「さっきからいたわよ。あなたこそ、なんで上に行かれたの?呼んだのに」
彼は何が何だか解らない。解らないままお婆さんが指を差している、ドアに付いている郵便受を見た。郵便なんて入らないほど、広告や古い新聞などが突っ込まれていた。
とても人が住んでいるようには見えないんですよねぇ。
でも「住んでいる」っていう人を前にして、「ホントに住んでます~?」
なんて聞けないしねー。現にお婆さんココにいるわけですから。
でも、まー彼はね、「わかりました。郵便が届きましたら、こちらに直接配達しますので」
そういったんですねー。

するとお婆さんは「すみませんね」そういって深く頭を下げた。彼が見えなくなるまで
見送ったそうです。
次の日、またそのアパートに配達に行ったんですねー。するとまたお婆さんが立っている。
彼は「あれ~?昨日、直接、部屋に届けるって言ったのになー。今日は足が楽なのかな?」
そう思いながらも「昨日はどうも・・えーと今日、郵便は無いですね。」そういった。
お婆さんは、また深く頭を下げる。彼は「失礼します」そういって仕事に戻ったんですね。
局に戻りながら「お婆さんは誰からの手紙待っているのかなー早く届くといいけどなー」
そんなことを思いながら局に戻った。
局に戻って、仕事の引継ぎをしたんですねぇ。と言うのも次の日彼、仕事が休みだったんです。
彼が休みの日は、先輩の局員(仮にAさんとしましょうか)が配るわけなんですが、
このAさんと仕事の引継ぎをしたんですね。そのときに、お婆さんの件も話してお願いした。

するとAさんは不思議そうな顔で「305って人住んでたか?」っていうんですね。
たしかに今まで郵便物は無かったわけですからね。普通そう思いますよねぇ。
彼は「でも、お婆さんがそう言ってましたよ。新しく越してきた人ですかね?」そういった。
こんな事、結構あるんですよねぇ。局に届けは出ていないけど、人が住んでるって事がね。
とくにアパートなんかは、そういう事が結構ある。
Aさんは「とにかくまーわかった。今日は班長は休みだから明日俺から聞いてみるよ
今日はもう帰っていいよ」ってまーいうもんで「じゃ、よろしくお願いします」
そういって彼、その日は帰った。

休みもあけて局に行くと、Aさんと班の人達が集まって何か話してる。
「どうかしたんですか?」と彼が聞く前にAさんが話しかけてきた。
「305。あれさー、俺も部屋の前まで行ってみたけど、あれ人住んでるか?
まー郵便は無かったから問題はないけどなー・・・ホントにお婆さんがそう言ったのか?」
っていうんですね。
彼は「ホントですよ!部屋の前でもって、チャンと確認してるんですから」
するとAさんは、ほんとうだろ!という様な表情で、話していた班の局員と目を合わせたんですねぇ。
そこに班長が来た。そして話はじめたんですが、班長がいうにはですねぇ、一応そのアパートの大家にも確認してみたけど、そこ、305号室。人は住んでないって、そういうんですよー。驚いたのは彼ですよねー。

「なんだおぃ?俺は騙されたのか?いやっ!痴呆のお婆さんだったのかな?そのわりには、
しっかり話してたしなー。だからってそんな嘘ついても・・・・」
困惑している彼を見て、班長は「ちょっと、こっちに来てみろ」
静かな食堂に行って彼に聞いてきたんですねー。
「そのお婆さんなー、どんな人だった?」班長はそう彼に聞いた。
だから彼は、今までのイキサツから、70歳位で・・とか、とにかくお婆さんの特徴を全てを班長に話したんですね。彼にしてみれば嘘だと思われたくないから必死ですよ。
話し終えてね彼、班長を見たんですね。
班長は、ただただ下を見て、うなずいていたそうです。
朝からそんなことがあれば誰だっていい気分じゃないですよねぇ~。
でも仕事ですから、仕方ない。その日も配達にいった。いつものように赤いカブでもって配ったわけだ。
午後3時半位かなぁ。いよいよ例のアパートまできたんですね。
お婆さんがいたらイロイロ聞かなければならない。
Aさんや班長に報告しなければならないですしね。集合ポストにむかった。

でもねー、その日は、お婆さんいなかったんだなぁ。
ま~。ホッとしたようなガッカリしたような、とにかくスッキリはしないですよコレじゃ。
彼が「明日はいるかな?」そんなこと考えていると、バイクの音がした。
見ると班長なんですよね。「今日はお婆さんいたか?」なんていいながら班長がきた。
彼は「見ればわかるじゃないですか?今日はいませんよ!」そういったんです。
彼は自分のこと、信じてもらえてないと思ったんでしょうねぇ。つい強くいってしまった。
すると班長は、「マーマー落ち着いけよ」そういって彼を305号室の前までつれていったんですよね。
そしてイロイロ詰め込めれてる散らかった305号室のドアポストを見ながら班長、話し始めたんですよねぇ。
305号室には、前に70歳位のお婆さんが1人で住んでいたそうです。以前もお婆さんにお願いされて、直接部屋のドアポストに配達して、そのお婆さんは、週1回位届く息子さんの手紙をいつも楽しみにしていたそうです。

でもどーもスッキリしない、で彼、班長に聞いた。
「ってことは、どういう事ですか?そのお婆さんは近くに引っ越して、そんでボケちゃって、前住んでいたこの部屋に手紙を取りに来ているって事ですか?」そう班長に聞いたんですね。班長はしばらく黙っていたんですが、こう言ったそうです。
「近くに越してもいないし・・あのなー・・・。この話しなー俺が今の局に来た頃の話だから15年位前の話しなんだ。」・・・。彼は、おいおいおい待ってくれよ!そう思った。
近くに越してない?15年前?年とらないお婆さんなのかよ!はぁ??
ヤッパリ納得いかない。でかれ班長に聞いた「それじゃ話しが合わないじゃな・・・」    そこまで彼がいうとねぇー班長は彼の肩を、軽く2回叩いたそうです。
それ以来、お婆さんが彼の前に現れることはなくて、困ることはなかったんですが
ただ一つだけ困った事があったんですね。それはねぇ、彼がお客さんから要望を聞いてくると、「ちゃんと生きている人からの要望か?」ってAさんや班長にいわれたことだそうですよ。

これは余談ですが、このまえ6年ぶりに、このアパートがある近くの町に
いったんでよ。なんとなーくあのアパートの事を思い出しましてね。
行って見たんですが、まだありましたよ。せっかくだから集合ポストまで
行こうと思たんですけどね・・・・。怖い訳じゃないんだ、でも集合ポストには、いきませんでしたね。
妙な話だと思いませんか?この体験をして思ったんですがね
もしかすると、死んだことをわからない幽霊と、幽霊と話してることを
わからない人間は、友達になってもおかしくないなー。
そんなふうに思いましたよ。
  1. 2005/09/21(水) 14:12:22|
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シッカリモノ

私には小学生の子供がいるんですがその子がちょっと変わってまして…
感受性が強く、しっかり者で時々諭される事もあったりします。

3歳位の頃に墓参りに連れて行ったところ何もない木の上を指差し
「おじさんが寝てるよ」
どんなに目を凝らしてもそれらしいものは何も見えません。
その後、お盆で墓参りに行くたびに同じ木の上を指差し「おじさんがいる」と言っておりました。

それが3年連続続いたのですが、4年目の時はそこを避けて通った為おじさんがいる発言はありませんでした。
この子の不思議発言は他にもあって保育園のホールに鬼がいるから怖いと言っていました。
後に判明したのですがそこのホールで職員の方が倒れられ救急車で運ばれたものの助からなかったということがあったそうです。
この子は、家の2階にも鬼がいると言って怖がっていたりしました。
私の父方の親戚には拝み屋みたいな事を生業にしている人もいるようなので、霊感が強いのかなと思ったこともありました。
でも、今はそんな発言はなくなりましたけどね。

先日、この子が怖い夢をみたと言い出しました。
夢の中で子供は病院にいて医者に「お母さんは見てはいけないものをみたから死ぬ」と言われたそうです。
見てはいけないものは、オレンジの羽だそうです。

その夢を子供がみた日の前日私は体調が悪く仕事を休み家の2階で1人寝ておりました。

テレビをつけたまま寝ていてフッと目を覚ました時にテレビでは心霊写真の特集をやっているようでした。
眠かったので再度眠ろうと目をつぶっていました。
目を閉じると男が片手に生首を持ち、もう片方のでには包丁のような物を持って荒れた家の中を何かを探して歩いている光景が見えました。
背を向けているテレビでは「生首がうつっているそうです、ではごらんください。」というアナウンサーの声が聞こえます。
私は生首と目が合いそうになり目を開けようとした時、廊下からテレビの砂嵐の音がしました。
目を開けると廊下にはテレビ台に乗ったテレビがあります。
子供のいたずらだなと思いました。注意しないといけないと思いました。

まばたきするとテレビの横に黒い服を着た子供が立ってます。
確かにうちの子供の服です。長袖長ズボン、上も下も真っ黒の服。
注意するために起き上がると、子供は隣の部屋に逃げていきました。

隣の部屋に行って「いたずらしちゃ駄目」と言って子供をつかみました。
子供が私の方を向きました。
青白い肌、黒目のない目。私の子供ではありません。
その時間、子供は学校にいっています。家には私しかいない。
私はなぜかやばいと思い怖いながらも「出て行け。2度とうちにくるな」といいました。

そいつはイヤイヤと首を振って私を睨みます。
それでも「出て行け!」と怒鳴りお経を唱え始めると、そいつは反撃するかのように
私に襲い掛かってきました。
私が、布団に倒れる衝撃を感じた瞬間そいつは消えました。
テレビでは心霊写真の特集が続いていました。テレビをけし下の階へ行きました。

あまりの怖さに吐き気がしていました。

霊感の強い母にメールでその体験を教えても信じてもらえず、頭がおかしくなったん
じゃないかと思われました。
私は数ヶ月前に事故にあっているのでその時の後遺症がでてきたのではと心配になっ
たそうです。
子供の夢の話を聞いてこの体験を教えると子供は「なんか悔しい。その子はお母さん
の子供になりたかったんだね」と
言っていました。子供はそいつに私をとられたような感じがしたらしいです。
その後は特に変わった事もなく無事に過ごしています。
  1. 2005/09/20(火) 13:58:16|
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カギヲアケル

こないだ幼なじみの家に遊び行った時の話。
幼なじみは24歳で長男、兄弟は弟21歳、妹20歳。
家が歩いて4、5分の距離だからいっつも俺は幼なじみの家にお邪魔する。
だから弟とも妹とも会ったら色々話するし、幼なじみから兄弟の話もよく聞く。

幼なじみは夜勤してるので、遊ぶ約束してても昼すぎでもまだ寝てる時がたまにある。
携帯に電話しても出ない→絶対寝てる→俺が直接行って叩き起こすってのが定番なんだけどね。
親は共働きだから、俺が行くとだいたい妹(無職)が鍵を開けてくれる。
なぜ鍵をかけてるかと言うと、家に犬4匹・猫3匹飼ってるから。
家族全員が犬とか猫大好きで、鍵かけとかないと外に逃げちゃうんだよね。

で、まあいつもの様に遊びに行ったんだけどインターフォン鳴らすといつも犬の鳴き声が凄いんだよ。

だけどその日はインターフォン鳴らしてもシーンとしてる。
あれ?と思ったけど、早く鍵開けてくれないかな~って待ってると鍵開ける「ガチャ」って音がしたから、妹だと思って「○○、サンキュー。」って言ってビックリした。
玄関の扉のすき間から顔を出したのはどう見ても小学校高学年くらいの男の子。
ビックリしながら「あ、ありがとう」って中に入ったら、犬達は元気なさそうに床に伏せながら目線だけこっちにくれる。

いつもなら飛び付いてくるのになぁ…と不思議に思いながら友達の部屋(二階)に向かおうとした。

ただ何となく通ってきた居間の方を振り返ると、鍵を開けてくれた男の子がスッと立ったまま俺をじーっと見てる。
変わった子だなぁ、親戚の子かな、と思って幼なじみの部屋に行った。
すると幼なじみは案の定、まだ寝ていた。
起こして「あの男の子、親戚の子なん?ちょっと不愛想だなぁ。」って聞いたら「誰それ?」って言うわけ。

「居間にいた小学生くらいの男の子。でも今日は全然、犬っこ達が吠えなかったわ。」って言ったら幼なじみは飛び起きて居間の方へダダダッと走って行った。

俺も追い掛けて居間の方に行ったら幼なじみ以外誰もいなくて、犬達もいつもみたいに元気になってた。
「男の子、帰っちゃったのかなぁ?」って聞いたら、幼なじみが「どんな子だったか詳しく教えて!!」って逆に聞いてくるわけ。
一応、覚えてる雰囲気を伝えたら「最近、その男の子が家に出てくるみたいなんだよ…。」って教えてくれた。
ただ家族には絶対に姿を見せず、外から来る人の鍵を開け、一言も発さずにいつの間にかフッと消えるらしい。
今の所その子を見たのは、いつも利用してるクリーニング屋、近所に住んでるじいちゃんとばあちゃん、弟の彼女、俺、と身分的に共通性はあまりない。

強いて言えば「よくその家に行く人」って感じだろうか?
その男の子が何のために現れて、なぜ最近になって現れるようになったのか、兄弟とも理由は分からないらしい。

ただ両親にその話をすると「気のせいだろう。もうその話はやめよう。」とその話を避けるような素振りを見せるらしいが…。
また幼なじみの家に行って、あの男の子が出てきたらどうしよう…と考えると、ついつい行くのをためらってしまう。

俺は水子かなぁって何となく思ったんだがどうだろう?
  1. 2005/09/19(月) 13:33:58|
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ピザ

大学生活かなんかをきっかけに、ある男の人(K)が引越ししたときの話。
友達や彼女にも引越しを手伝ってもらい一段落。新生活にも徐々に
慣れてきた頃、不思議なことが起こりだした。
ドンドンドン!

 夜7時頃、誰かがドアをたたく音がして(インターホンのない
アパートらしかった)、Kは「誰だろ?」と思いながらドア穴で確認した。
すると、頼んでもいないピザを届けに宅配人が立っている。
宅配人は「ピザをお届けにまいりました」と言うので
あれ?と思いドアを空け、「ウチは頼んでませんよ」というと
その宅配人はうつむき、無言のまま立ち尽くしている。

変な沈黙が10秒ぐらい続いた後、宅配人はそのまま去ってしまった。
「変な奴だなー」と思いながらその日は何事もなく過ぎた。
しかしそれから一週間ほど経った頃、また同じようなことが起こった。
ドンドンドン!

 同じような時間だったのでKはもしやまたピザ屋じゃ…と思ってドア穴から
見ると案の定、同じピザの宅配人だった。一体どこのピザ屋だよ!と思って
ドアを開けるとこの前と同じ様にうつむいたままピザを持って立っている。
Kは「だから、ウチは頼んでませんから!」と言いつつ宅配人の左胸のロゴを確認した。
 
すると、○○というよくあるチェーン店で、青いジャンパーを着た
その宅配人がYという名前だともわかった。「今度来たらクレー
ムつけてやる」と、とりあえずその場はやり過ごした。

 しかし少し経った頃、また同じ宅配人がピザを届けにやって
きた。Kはたまらず「あんたの名前出して会社に電話するよ!」と
言うと宅配人はまた無言で立ち去っていった。
 
Kはさっそく番号を調べて電話した。
「ウチへよく間違って宅配されてものすごく迷惑してるんですけど!」
すると店長が出てきて「誠に申し訳ありません」と平謝り状態だった。
Kも拍子抜けして「Yって方は新人さんですか?」と何気なく
聞いてみると、
なかなか答えがないので聞こえてんのか?と思いながら
K「・・・もしもし?」というと、
店長は「Y、ですか…」と言う。

K「え?はい、確かにYさんって名札がありましたけど。青いジャン
  パーの胸の所に」
店長「青いジャンパー?ウチはつい最近全店舗で赤いジャンパー着用
  に変えたはずです。青い方はもう古いんで処分しましたから」
K「でも」
そう言うと店長は「もしかすると」と震えた声で話してくれた。

「Yはたしかにウチのアルバイトでした。ちょうど4ヶ月前、配達中に
死んだんです」
「えっ」

ためらいもあったがKは全てを聞くことにした。
店長の話によれば、Yはとても熱心に仕事をこなしとても頼りに
していたという。4ヶ月前のあの日もあたたかいままお客さんにピザを
届けようと急ぐあまり、雨の道路でスリップ事故を起こしてしまった
という。
そしてその頃はまだ青いジャンパー着用だったという。
「もしかしてお客さんのアパートは○○の202号室ですか?」と店長が
聞いてきたので驚いて
「そうです。なんで・・・」
「お客さんの前にその部屋に住んでた人がウチのピザを注文してくれた
んです。そしてYが宅配中あの事故に…その注文をとったのが私でし
たからよく覚えています」

Kはそのアパートを出て行くことにした。
頑張り屋で真面目だったY
彼は今もそのアパートの202号室へピザを届けているという
  1. 2005/09/18(日) 15:03:29|
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ナツミ

私はアトピーで体中にひどい湿疹ができている。
だから学校ではみんなにキモイって言われて友達なんていない。彼氏なんて夢のまた夢。
痒くて眠れないから朝が辛い。
せめて学校が休みの日ぐらいゆっくり休みたいのに、親が外に遊びに行けだの友達つくれだのとウザイ。
こんな体だから外出することも、人に会うことも苦痛。それにお話したって楽しい話題なんてない。

休み時間に友達同士でコーラ片手にポテチを楽しそうにつまんでるのを、私は遠目に見るしかない。
学校帰りに小さな女の子が私を指差して汚いって言った。
これが私の学校生活。学校どうだったと聞かれたらこう答えるしかない。
楽しいと感じるのはゲームやってるときぐらい。そんなこと話しても親はいい顔しない。
新しく試した治療方は合わなくてますます痒くなった。
そんなこと話したってしょうがない、話すだけでますます憂鬱になる。

そう言ったら、家に引きこもってるからダメだの、湿疹くらいで離れていくなら友達ではないだの、がんばって楽しく話せる話題を作れだのと説教が始まる。
だったら友達なんて要らない、粉がぱらぱら落ちる体で行きたいところなんてない。一人で家にいるほうがずっと幸せ。
そう言ったらますますウザイ説教が始まる。

そこで、『友達を作る』ことにした。

電車の中で出会った他校の子、夏美。
おしゃれには興味がなく(みんながおしゃれを楽しんでる傍らで、私は真剣にスキンケアや肌に合う服の情報収集に明け暮れてる)、ゲームやマンガが好きなので気が合う。
元アトピーだったから私の気持ちをよくわかってくれて、色々とアドバイスしてくれる……といった具合に設定を固める。

そして、その設定に沿って、電車の中でおしゃべりしただの、家にお呼ばれしただの、今日はちょっとケンカしてしまっただのと作り話をしておく。
すると親は安心してそんなに口出ししなくなってきた。
作り話すること自体疲れるし、つじつま合わせのために人目を気にしないですむ場所を見つけ時間潰す必要があったが、親との会話を早く切り上げられるのは助かった。

そうして数ヶ月がたった今日。
いつものように時間を潰してから帰宅すると、親がこう言ってきた。
「今日、夏美ちゃんと約束してたんじゃなかったの」
……え?
「ほらこれ、あなたに渡そうと持ってきてたのよ」
そう言って、私に黒い液体が入ったペットボトルを渡してきた。
「ほんと、いい子ね、夏美ちゃん」
……誰? 誰がこれをもってきたの?
訊くに訊けない。もしボロが出たら作り話であることがバレてよりいっそうウザイやり取りの日々が始まる。
『夏美』が持ってきたというペットボトル。添えられたメモには、定期的にすこしづつ飲むように書かれている。
親の字ではない、もちろん私の字でもない。
さてどうしよう。
今こうして、私はこれまであったことを文章にまとめている。
慢性的なあかぎれで指先が出血するためキーボードもマウスも血まみれ。

『夏美』からの贈り物、ためしに飲んでみようか。本当に効果があるかもしれないし、誰かの悪質な悪戯で猛毒だったとしても、私がラクになれることに変わりはないのだから。
  1. 2005/09/17(土) 14:51:24|
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ゴサイウエノイトコ

五歳上の従姉妹の話。
何だかおかしな人で、彼女と関わったことで奇妙な体験をいくつかした。
今から話すのはその中の一つ。

まだ俺が小学生だった頃、近所にせいちゃんと呼ばれている人が住んでいた。
三十代の一人やもめ、痩身の、気弱そうに笑う犬好きなおじさんだった。
たまに捨て犬を拾ってきては世話をし、家には犬が何匹もいたから近所の子供たちがよく入り浸っていたのを覚えている。
舗装されていない砂利道が続く借家地帯、近所に住む人たちは皆知り合いでプライバシーなんてない、そんな所で俺もせいちゃんも暮らしていた。

ある日、件の従姉妹家族が俺の家へ遊びに来た。
従姉妹は無口で話しづらい人だったので二人でいても間がもたず、せいちゃんの家に連れて行った。
丁度せいちゃんは犬に餌付けをしているところで、垣根の向こう側にその様子を見た彼女は一言、
「あれはとり憑かれてる。もう手遅れね」と言って俺の家へ戻ってしまった。
俺は訳が分からず、また二人になるのは嫌だなあ、なんて思いながら後を追ったんだ。

それからしばらくしたある日、家の前の砂利道にぼんやりと佇んでいるせいちゃんを見かけた。
全裸で空を見上げ半開きの口からは一筋涎が垂れていた。
俺は見てはいけないものを見たような気がして自宅に逃げ帰った。
それがせいちゃんを見た最後だった。

大人たちの話では、せいちゃんは犬と一緒に家に閉じこもった、という。
心配した近所の人が飯を差し入れても、家からは出てこなかったそうだ。
それから間もなくせいちゃんは死んだ。
餓死だった。
発見されたとき、彼が飼っていた犬たちだけは丸々と太っていたという。
せいちゃんは近所の人たちの差し入れも全て犬たちに与えていたんだ。

せいちゃんの死後、家を整理した大家さんの話によると床下から異常な量の犬の骨が発見されたそうだ。
それらを殺したのがせいちゃんなのか、せいちゃんは従姉妹の言うようにとり憑かれていたのか、それとも心が病んでいただけだったのかは分からない。
真相は闇の中だ。
とにかくそれが、従姉妹と関わった最初の奇妙な出来事になった。
  1. 2005/09/16(金) 16:48:51|
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ヨドオシ

数年前、京都から162号線を使って日本海に向かって1人で車を飛ばしていた。
時間は夏の真夜中の2時頃。
雨がしとしとと降っている状態。
道路には車が殆ど走っていない状態で、快適に飛ばしていた。

人が全然いない山道を走っていく。
左側の空き地に公衆電話のボックスが一つ明かりがついている。

電話ボックスの中で何かが動いている。
何か白い布のようなものがひらひらと舞っている感じ。
目をじっと凝らしてみると、白いワンピースを着た女性が
電話ボックスの中で、くるくると回転している。

「何 ?」

慌てて目をもう一度凝らしてみる。
今度はさっきよりもはっきりと、白いワンピースを着た女性が
電話ボックス内でくるくると舞っている。
それに下半身も無い。

「あっ」
と思っている間に、車はその電話ボックスを通り過ぎた。
何でこんな山道に電話ボックスが ?

それも明かりがついて・・と疑問に挟む余地も無く、何故か周囲がザワザワとしてくる。

「何、何の気配 ?」

周りの様子が何故か変。
今まで聞こえていた夏の夜特有の虫の声がぴたりと止んだにも関わらず、
周囲にザワザワと音がする。

道路の左側に何かが動いている物がある。
「何 ?」
と見てみると、50cmぐらいの丸いものが何個も動めいている。
黒くて丸くて毛だらけの生き物 ?
今まで見た事も無い奇妙な生き物が、何匹も動めいている。

「何だ? あれ」

車を止めて見てみようかと思ったが、本能が車を止めてはいけないと告げている。
ふと頭上を見上げると、オレンジ色の丸いものが2つ輝いていた。

「何、標識 ?」

と思った瞬間、そのオレンジ色の丸いものに顔がある事が分かった。
オレンジ色の丸い顔が2つ、ゲタゲタ笑いながらこっちを見ている。

「うわっ」と驚いて、そのまま夢中でスピードを出して、気が付いたら日本海の海沿いの道路に着いた。

車を夜通し運転して疲労が貯まると、こんなにもはっきりと幻覚を見るもんだと初めて悟った。
  1. 2005/09/15(木) 13:40:02|
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モヤモヤ

自分は今、上京してきて寮に一人ですんでいるんですよ。
で一応大学生で昨日も資格取るために勉強してていつもは大体夜遅くまで起きてるんですけど、
昨日は疲れていて、どうしても眠くなって早めに寝てしまったんです。

でこんな夢を見てしまいました。

なにか芸能人の楽屋?か江戸時代の座敷部屋みたいなとこで
師匠と呼んでいる見たこともないオジサンと自分が会話しているところでした。
するとその師匠のすぐ横の肩の辺に白いモヤモヤがあって
そのモヤモヤは人の顔をそのまま薄っぺらくしたような感じで師匠を見ていたんです。
で自分がそのモヤモヤに気づいてるのに師匠が気づいて
「こっちをみてはいかん」っていったんです。
でも興味本位でじっと見ているとそのモヤモヤがこっちを振り向いて来る感じがしました。
振り向いた瞬間その姿は50を過ぎた感じの和服姿で舞妓さんのような格好をした白塗りの顔の老婆がニヤァって笑っているのが見えたんです。
あくまで感覚ですが。
それで怖くなって目を背けると夢は終わりました。

でその後夢からは覚めたんですけど目は開けずにじっとしていました。

すると誰かが俺の手をずっとさすっているんです。
誰の手かは目を開けていなかったんで解からなかったんですが、たぶん
あの老婆だろうなって感覚で解かりました。
でもその時違和感があったんです。
さすっている感じは老婆なのに手に感じる触っている手は小さな幼稚園児くらいの手の感じなんです。

この手は本当に生きている人間の感触でした。

自分はかなり怖くなったんでベットから自分で転がり落ちようとしました。
するとその手が俺の手を引掻いたんです。
少し痛いなぁと思って何が起こったのか確かめる為に目をゆっくり開きました。
当然誰もいませんでした。
でも今さっき引っかかれた感覚のあった手を見ると傷があったんです。
しかも引っかかれたばっかりのような生傷が。

これからどうすればいいでしょうか。
昨日起こったばっかりなんでどうすればいいかわからないんです。
いまもあのいやらしい老婆の笑い顔が頭に残っています。

これがただの妄想で終わってくれることをまじで望んでます。
まじで今心の整理がついてません
  1. 2005/09/14(水) 13:51:51|
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ツメアト

これは私が数年前体験した話です。
なかなか口に出す機会がなかったのですが
ここで書く事によって少しでも気が紛れたら、と思います。

昔私が住んでいた町に小さな山のような場所がありました。
その山の頂上にお稲荷さんを祀ってある社があり、
中腹には防空壕、古井戸、お墓があるという子供には恐ろしい場所でした。
私が高校生の頃、地元の友人たちとその山で肝試しをすることになりました。
まず私と友人の一人Aと一緒に下見に行きました。
Aは幽霊とかを信じず、まったく怖がらないタイプでした。

まず中腹を見て周ります。
雑草に囲まれた古井戸は、厚い木の板といくつかの大きな石、
その上針金で蓋がされていました。
私たちは、なぜこの井戸がこんな厳重に封をされているか、
この時点で疑問に思うべきでした。そして、肝試しなど止めるべきでした。

そして、頂上の社を見て、肝試し用の紙切れを置いて下見は終わりました。

深夜、十二時ごろ友人皆が集まりました。
まず、皆で中腹まで行き、懐中電灯を持ち防空壕、墓を見て周りました。
皆わーわー騒いでます。
そして古井戸のところまで来ました。皆中を覗いてみるつもりでした。
下見のときに針金で縛られていると知っていたのでラジオペンチを持ってきてました。
私が錆びた針金を切ります。
針金を切り終わったら、今度は皆で協力して石を持ち上げます。
せーので持ち上げ、投げるぞの掛け声で周りに投げ落とします。
そして、石をどかした後、懐中電灯で木の板を照らすと、皆ウッと黙り込みました。
木の板に古い御札が貼ってあったのです。
嫌な空気になります。皆心持一歩下がっているように思えました。
Aが「こえー」と言うと、皆「やばくねー?」などと普段の空気に戻りました。
だけど、私やもう一人、怖がりの友人は完全にビビってます。
止めはしませんでしたが、今すぐ井戸を元に戻したかった。
Aたちが木の板を持ち上げ、投げ捨てました。
そして古井戸を覗きます。私たちも恐る恐る覗きます。
井戸の中は真っ暗で、懐中電灯の光を当てても何も見えません。
井戸の中はひやっと涼しく、冷気が漂っています。
皆、大声を発し、声を響かせて遊んでいます。
Aにいたっては唾を垂らしてます。

声の反響を聞く為、耳を澄ましていると、奥から「カリッ」という音がしました。
皆、ん?という表情をして顔を見合わせました。
しばらく静かになって耳を澄ましました。
また、奥から、さっきよりはっきりした音で「カリッカリッ」と聞こえます。
「何だこの音?」と、誰かが言ってます。
私がふと、先ほど投げ飛ばされた板を見ました。
そして私は見てしまったのです。
木の板の内側についた、無数の爪痕を。
そこで私は理解しました。この古井戸には"何か"がいる。
そして、今井戸の奥から地上へ這い上がってきてると。
腹の奥からイイイイと叫び声が上がると私は逃げ出しました。
皆も私の様子に驚いて走って着いて来てその場所から逃げていました。

その後、駅前のファミレスへ行き、そのことを話しました。
皆顔面蒼白です。Aはあまり信じていないようで、その爪痕を
確認しようと言うのですが、誰も一緒に行こうとするものはいませんでした。

その後、解散するのも気味が悪いのでAの家に行きました。
そして、Aの部屋に入り、電気をつけ、扉を閉めたとき、Aが叫び声を上げました。
部屋のドアの内側に、無数の爪痕が付いていたのです。
そして、その近くにはお面のようなものが落ちていました。
私たちはそのまま次の日一番でお寺に行き、お払いをしてもらいました。
幸いその後何も起こっていませんが、とても気味が悪かったです。
  1. 2005/09/13(火) 13:50:13|
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リール

小学6年の冬休みの時、親友と2人で大阪南港へ釣りに行った
その日はかなり冷え込んでた。
朝6時前に着いて早速準備にかかった時、
親友がリールのケースをテトラポッドの隙間へ落っことした。
親友は岸壁からテトラへ降り、水際まで行って
「うわ!海の中に落ちてる」と情けない声を出して腕を水中に突っ込んでた。

俺はもう準備完了してて、親友が戻るのを待つことにした。
けど親友はまだ右腕を水の中に入れたまま動かない。
「なにしてるねん!」って声かけたけど振り向きもしない。
「さっさと取れや~」って言いながら俺は親友の傍まで降りていった。
親友は右腕を水の中に突っ込んだままピクリともしない。
「なにして・・」って言いかけて声が出なくなった。

親友は海中に右腕を肘辺りまで突っ込んでいた。
その手の先のすぐ傍にリールケースがある。
そしてそのケースのすぐ横から顔がブヨブヨにふやけた青緑色の
男だか女だか分からない人間が親友の手首を掴んでた。
瞼の無いマグロみたいな目で水の中から親友を睨んでた。

記憶があるのはここまでで、なぜ全身水浸しになってたのか、
いつ救急車に乗せられてたのか思い出せない。
親友が水死したことも信じられなかった。
親友の葬式にも行かせて貰えなかった。
親友の両親もうちの両親も事故だったとしか言わない
上記の事を話しても誰も信じてくれない。
今年の冬、親友の17回忌の法要がある。
  1. 2005/09/12(月) 13:40:43|
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センモンクラブ

未成年モノの援交のAVみてたら聴覚障害者の子がでてきた。
それだけでもヘビーなのに撮影してるホテルで目隠しされた女の子がオナニー中にいきなり笑い出して
「女の人がお風呂場から覗いてる」
とか言い出して撮影者の男は半信半疑。

風呂場でフェラしてる時も「見てる。」とかいうし。。スゲー怖いんですけど。見た人いる? 「池袋幼年専門クラブ」って言うビデオ。

むりやり抜いたけどこれマジモンだよね。最後に変なものが写ってる部分入ってるらしいけどビデオとめた・・。
一人じゃさすがに見る気にならん…。コワいっす

最後に「スタッフの数人が不慮の事故に会いました。お悔やみ申し上げます」とかでてるところが胡散臭いんだけど
でもあの聴覚障害者の子が演技でやる必要ないと思うんですよねー。AV見てれば普通わかると思うけど
オナニーとかで感じ始めてんのにいきなり幽霊話まじ顔でする必要ないよねー。聴覚障害者独特のたどたどしい口調で
「ここで自殺した人、22歳くらい」とか言い出すんだもんすげー怖いよー。
  1. 2005/09/11(日) 14:13:45|
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キクノハナ

墓場が間近な為か、普段から家で不思議なことが起きています。
これは3年前のこと。眠っているとズシっと体に圧力がかかり、
夢現に御香の上品な香りが漂ってきました。我が家に仏壇はない
のでありえないことなのですが、あまり気にならないでいました。
 すると枕の右横のあたりに人の気配が。目は閉じていたのですが
なぜか中年の男性がこちらを見下ろしているのがわかりました。
近所のおじさんの顔でした。いつもごみだしの度に挨拶をかわす
程度の仲です。不思議と怖くはなくて、同時に咲きほころんだ
菊の花がまぶたに浮かび、直感で
「あぁ、おじさん亡くなられたんだ。」
 そのまま眠ってしまい、朝。あれは夢だったんだ。と思い
何事もなかったようにごみだしに行くと、いつも顔をあわせる
おじさんがいません。気にせずに家に帰ると母が慌しく着替えを
していて、私に
「○○のおじさん、死んじゃったって」
と。これはさすがにゾーっとしました。
 でも、何故私の元にまで来てくれたのかがわからないのです。
乱文失礼しました。
  1. 2005/09/10(土) 13:39:34|
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ブシ

もう20年近くも前の話。ある夜、従兄弟が寝ていると誰かが部屋に入って
きたような気がしたらしい。しかも、窓から。「やばい、泥棒かも。」と
幼いながらも危機感を覚え、とりあえず、素早く、しかし音は立てない
ように、布団の中に潜り込んだ。しかし、窓から入ってきた人は、違う部屋
に行く様子もない。時折、その人の動く「がちゃりがちゃり」という音が
室内に響く。「武器持ちなのか?やばい、殺される。」脅える従兄弟。
ふと、音がやむ・・・と同時に
布団の上から、従兄弟は首を鷲掴みにされた。布団がずり落ち、従兄弟
の目の前に現れたのは、血まみれの武士だったという。その後、何がどう
なったのか、気づくと朝。そんなことが何度か続き、やっと家族に打ち
あけた時には、従兄弟、げっそり頬がこけてたらしい。実は、従兄弟の家は
古戦場に向かい合う形で建ってて、特に従兄弟の部屋からは古戦場が
よく見える場所だった。こっちからよく見えるってことは、向こうからも。
結局、うちの親父さまがその手の人だったので、すぐに御札書いて部屋に
貼って、それからは落ち着いたらしい。
目付けられると怖いねって話です。ちなみに従兄弟、その当時、幼稚園児。
合戦の意味も分からんお年ごろでした。
  1. 2005/09/09(金) 13:36:54|
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パンダノカザリモノ

俺の団地今までに自殺者5人るんだけど
俺が小学校の頃その内の一人でたぶん3人目の人だったかな
口の字の形の建物なんだけどその口の中で飛び降りしたんだな
下にはパンダの飾り物があって、そのパンダに激突したらしく即死だったらしい

2日後くらいかな?友達が人間の肉落ちてるとか言うから見に行ったら
壊れたパンダのそばに鶏肉みたいなかけらが数個落ちてた

友達はそれをツンツンしてあそんでたわけだが、鶏肉だったらいいけど…

ちなみにその団地が建ってから現在までずーっとすんでるので
5人の自殺した場所全部知ってるわけだし、2人の死体見てるんだが
何が怖いって

  4
1【3】2
  5

で死んでるんだよ。5人目でぱたりと自殺がなくなった。
  1. 2005/09/08(木) 13:50:37|
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チガウオンナ

ネタでも嘘でも何でもなく現在進行中の実話である事を初めに言っておきます。

今現在わたしは嫁と2人で暮らしており、一緒になってから今年で丁度6年目になります。
そして誰にも相談できない恐ろしい現象が起こり始めたのは約3ヶ月前程からです。

その日は普段通り仕事に行くために朝8:00に起床しました。
普段と変わらない、ごく当たり前の朝でした。
嫁はいつもわたしが起きる頃には起きていて食事を作っているのですが
その日も台所で朝食の準備をしているようでした。
部屋が狭いために台所は寝室のドアを開けると見える位置にあるのですが、
言葉ではうまく表せませんが何か違和感を感じました。

その時いつものように嫁が振り返ったのですが…いや適切な表現ではないかもしれません…

そこにいたのは嫁とは違う女の人だったからです。

その日は結局仕事を休む羽目になりました。
その女がいかにも嫁であるかのような振る舞いをしてまさしく嫁なのです。
その女はわたしが言うことを初めは冗談だと受け止めてたようですが、
最後には真剣な様子でストレスや何かしら病気ではないかと心配してくれました。

しかし彼女は嫁ではなく、赤の他人なのです…。

半ばパニックのようになり、アルバムを探し開くとそこに写っているのは、今自分の目の前に居る女でした。

わたしと行った旅行の写真も写ってるのは全て目の前の見知らぬ女女女…。

一週間ほど嫁の家族、私の家族も交えあらゆる話し合いがされ病院に通うように勧められたのですが、通うふりだけして一度も行ってません。
様々な精神的な症状を検索しましたが嫁が他人になる病気などありえないからです。
それに嫁が他人に変わってる以外は何の支障も無く当たり前の日常があるのです。

ストレスと診断されたよと嘘をつき他人との不思議な夫婦生活を続ける事を選びました。

ところがそれから一月後、また同じ事が起こりました。



またその女が他人になってるのです…。



今の嫁は3人目の女です…もしかするとそろそろ違う女になるかもしれません。

しつこいようですが現在進行中の本当の話です。
  1. 2005/09/07(水) 15:28:03|
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サイゴマデ

交通事故現場で両足ちぎれた男の子をお母さんがすごい笑いながら

「どうせ死にますから!殺しましょ!ね!それが正しいでしょ!ね!殺そ!ね!どうすんの!こんなん助かってどうすんの!」

って石で殴り殺そうとして、周りの人が止めてた。

「あんた親だろう!親は信じろよ!親は最後まで信じろよ!ダメだよ!」
て八百屋のお兄さんが泣きながら叫んでた。

神戸市北区、つくしが丘で三週間前に起きた事故です。
近隣住民、そして僕も見ていました。やるせなかった。
  1. 2005/09/06(火) 14:30:12|
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ジコセキニン

5年前、私が中学だった頃、一人の友達を亡くしました。
表向きの原因は精神病でしたが、実際はある奴等に憑依されたからです。

私にとっては忘れてしまいたい記憶の一つですが、先日古い友人と話す機会があり、あのときのことをまざまざと思い出してしまいました。
ここで、文章にすることで少し客観的になり恐怖を忘れられると思いますので、綴ります。

私たち、(A・B・C・D・私)は、皆家業を継ぐことになっていて、高校受験組を横目に暇を持て余していました。
学校も、私たちがサボったりするのは、受験組の邪魔にならなくていいと考えていたので、体育祭後は朝学校に出て来さえすれば後は抜け出しても滅多に怒られることはありませんでした。
ある日、友人A&Bが、近所の屋敷の話を聞いてきました。
改築したばかりの家が、持ち主が首を吊って自殺して一家は離散、空き家になってるというのです。
サボった後のたまり場の確保に苦労していた私たちは、そこなら酒タバコが思う存分できると考え、翌日すぐに昼から学校を抜けて行きました。
外から様子のわからないような、とても立派なお屋敷で、こんなところに入っていいのか、少しびびりましたが、ABは「大丈夫」を連発しながらどんどん中に入って行きます。
既に調べを付けていたのか、勝手口が空いていました。
書斎のような所に入り、窓から顔を出さないようにして、こそこそ酒盛りを始めました。
でも大声が出せないのですぐに飽きてきて、5人で家捜しを始めました。
すぐCが「あれ何や」と、今いる部屋の壁の上の方に気が付きました。壁の上部に、学校の音楽室や体育館の放送室のような感じの小さな窓が二つついているのです。
「こっちも部屋か」よく見ると壁のこちら側にはドアがあって、ドアは、こちら側からは本棚で塞がれていました。
肩車すると、左上の方の窓は手で開きました。
今思うと、その窓から若干悪臭が漂っていることにそのとき疑問を持つべきでした。
それでもそのときの、こっそり酒を飲みたいという願望には勝てず、無理矢理窓から部屋に入りました。
部屋はカビホコリと饐えたような臭いが漂っています。雨漏りしているのかじめっとしていました。
部屋は音楽室と言えるようなものではありませんでしたが、壁に手作りで防音材のようなものが貼ってあり、その上から壁紙が貼ってあることはわかりました。
湿気で壁紙はカピカピになっていました。部屋の中はとりたてて調度品もなく、質素なつくりでしたが、小さな机が隅に置かれており、その上に、真っ黒に塗りつぶされた写真が、大きな枠の写真入れに入ってました。

「なんやこれ、気持ち悪い」と言って友人Aが写真入れを手にとって、持ち上げた瞬間、額裏から一枚の紙が落ち、その中から束になった髪の毛がバサバサ出てきました。

紙は御札でした。みんな、ヤバと思って声も出せませんでした。
顔面蒼白のAを見てBが急いで出ようと言い、逃げるようにBが窓によじ登ったとき、そっちの壁紙全部がフワッとはがれました。

壁紙の下には、写真の裏から出てきたのと同じ御札が、壁一面に貼ってありました。
「何やこれ」酒に弱いCはその場でウッと反吐しそうになりました。「やばいてやばいて」「吐いてる場合か急げ」よじのぼるBの尻を私とDでぐいぐい押し上げました。
何がなんだかわけがわかりませんでした。
後ろではだれかが「いーーー、いーーー」と声を出しています。
きっとAです。祟られたのです。
恐ろしくて振り返ることもできませんでした。無我夢中でよじのぼって、反対側の部屋に飛び降りました。
Dも出てきて、部屋側から鈍いCを引っ張り出そうとすると、「イタイタ」Cが叫びます「引っ張んな足!」部屋の向こうではAらしき声がわんわん変な音で呻いています。
Cはよほどすごい勢いでもがいているのか、Cの足がこっちの壁を蹴る音がずんずんしました。

「B!かんぬっさん連れて来い!」
後ろ向きにDが叫びました。
「なんかAに憑いとる、裏行って神社のかんぬっさん連れて来いて!」
Bが縁側から裸足でダッシュしていき、私たちは窓からCを引き抜きました。
「足!足!」「痛いか?」「痛うはないけどなんか噛まれた」見るとCの靴下のかかとの部分は丸ごと何かに食いつかれたように、丸く歯形がついて唾液で濡れています。
相変わらず中からはAの声がしますが、怖くて私たちは窓から中を見ることができませんでした。
「あいつ俺に祟らんかなぁ」「祟るてなんやAはまだ生きとるんぞ」「出てくるときめちゃくちゃ蹴ってきた」

しばらくして、「しらー!」縁側からトレーナー姿の神主さんが真青な顔して入ってきました。
「ぬしら何か! 何しよるんか! 馬鹿者が!」一緒に入ってきたBはもう涙と鼻水でぐじょぐじょの顔になっていました。
「ええからお前らは帰れ、こっちから出て神社の裏から社務所入ってヨリエさんに見てもらえ、あとおい!」といきなり私を捕まえ、後ろ手にひねり上げられました。
後ろで何かザキっと音がしました。
「よし行け」そのままドンと背中を押されて私たちは、わけのわからないまま走りました。
それから裏の山に上がって、神社の社務所に行くと、中年の小さいおばさんが、白い服を着て待っていました。
めちゃめちゃ怒られたような気もしますが、それから後は逃げた安堵感でよく覚えていません。

それから、Aが学校に来なくなりました。
私の家の親が神社から呼ばれたことも何回かありましたが、詳しい話は何もしてくれませんでした。
ただ山の裏には絶対行くなとは、言われました。
私たちも、あんな恐ろしい目に遭ったので、山など行くはずもなく、学校の中でも小さくなって過ごしていました。
期末試験が終わった日、生活指導の先生から呼ばれました。
今までの積み重ねまとめて大目玉かな、殴られるなこら、と覚悟して進路室に行くと、私の他にもBとDが座っています。
神主さんも来ていました。生活指導の先生などいません。
私が入ってくるなり神主さんが言いました。

「あんなぁ、Cが死んだんよ」

信じられませんでした。Cが昨日学校に来ていなかったこともそのとき知りました。

「学校さぼってこっちにかくまっとるAの様子を見にきよったんよ。病院の見舞いじゃないとやけん危ないってわかりそうなもんやけどね。裏の格子から座敷のぞいた瞬間にものすごい声出して、倒れよった。駆けつけたときには白目むいて虫の息だった」
Cが死んだのにそんな言い方ないだろうと思ってちょっと口答えしそうになりましたが、神主さんは真剣な目で私たちの方を見ていました。

「ええか、Aはもうおらんと思え。Cのことも絶対今から忘れろ。アレは目が見えんけん、自分の事を知らん奴の所には憑きには来ん。アレのことを覚えとる奴がおったら、何年かかってもアレはそいつのところに来る。 来たら憑かれて死ぬんぞ。それと後ろ髪は伸ばすなよ。もしアレに会って逃げたとき、アレは最初に髪を引っ張るけんな」
それだけ聞かされると、私たちは重い気持ちで進路室を出ました。

あのとき神主さんは私の伸ばしていた後ろ毛をハサミで切ったのです。
何かのまじない程度に思っていましたが、まじないどころではありませんでした。
帰るその足で床屋に行き、丸坊主にしてもらいました。
卒業して家業を継ぐという話は、その時から諦めなければいけませんでした。
その後私たちはバラバラの県で進路につき、絶対に顔を合わせないようにしよう、もし会っても他人のふりをすることにしなければなりませんでした。
私は、1年遅れて隣県の高校に入ることができ、過去を忘れて自分の生活に没頭しました。
髪は短く刈りました。しかし、床屋で「坊主」を頼むたび、私は神主さんの話を思い出していました。
今日来るか、明日来るか、と思いながら、長い3年が過ぎました。
その後、さらに浪人して、他県の大学に入ることができました。
しかし、少し気を許して盆に帰省したのがいけませんでした。もともと私はおじいちゃん子で、祖父はその年の正月に亡くなっていました。急のことだったのですが、せめて初盆くらいは帰ってこんか、と、電話で両親も言っていました。

それがいけませんでした。

それから3日、私は9度以上の熱が続き、実家で寝込まなければなりませんでした。
このとき、私は死を覚悟しました。
仏間に布団を敷き、なるだけ白い服を着て、水を飲みながら寝ていました。
3日目の夜明けの晩、夢にAが立ちました。
Aは骨と皮の姿になり、黒ずんで、白目でした。

「お前一人やな」「うん」「お前もこっち来てくれよ」「いやじゃ」「Cが会いたがっとるぞ」「いやじゃ」「おまえ来んとCは毎日リンチじゃ。逆さ吊りで口に靴下詰めて蹴り上げられよるぞ、かわいそうやろ」「うそつけ。地獄がそんな甘いわけないやろ」「ははは地獄か地獄ちゅうのはなぁ」

そこで目を覚ましました。
自分の息の音で喉がヒイヒイ音を立てていました。
枕元を見ると、祖父の位牌にヒビが入っていました。
私は、考えました。アレの話を私と同じように多くの人に話せば、アレが私を探し当て、私が憑依される確率は下がるのではないか。
ここまでの長文たいへん失礼しましたが、おおざっぱな書き方では読んだ方の記憶に残らないと思ったのです。
読んだ方は、申し訳ないのですが犬に噛まれたとでも思ってください。
ご自分の生存確率を上げたければこの文章を少しでも多くの方の目に晒すことをおすすめします…。
  1. 2005/09/05(月) 13:56:20|
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ビデオカメラ

今から10数年前、当時仲良かった奴等と海水浴に行った時の話。

現場に着くや否や砂浜の雰囲気が何かおかしい。遊泳客が皆、50m程
離れた岩場の方を見ている。

どうやら子供が1人溺れている様で、俺等は丁度その救出現場に出
くわした形になった。

そして今思うと非常に不謹慎なのだが、救出劇を納めようと手にし
てたビデオカメラを咄嗟に溺れている子に向け撮影したのだが、その子
が浮き上がる度にその子の頭から肩に掛けて白い霧の様な物も浮か
び上がる。

溺れ方も妙で、真下に沈むのではなく上半身を何かに引っ張られる
かの様に仰け反りながら沈む感じ。
最初、肉眼では霧が見えないから光の反射か何かか?とも思ったが、
ファインダー越しに良く見るとその霧……顔があるんだよね…。
それが見えた瞬間から溺れてるその子に何かがおぶさってる風にし
か見えなくなり、直ぐ様そこで撮影を止めた。

まぁ助かったのは良かったのだが俺はそれ以来、ビデオカメラに若干の
抵抗がある。
  1. 2005/09/04(日) 13:59:23|
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クチ

この前 ふと思いだしたんだが
たしか漏れが小4頃の話し
夕方に机で宿題をしていたとき
机上のノートの脇に小さな口が出てきて
何か喋り パッと消えてしまった
口のあった場所を撫でても何もない

それから 何も無く数日がすぎ
夜に6つ下の弟が寝てる部屋から
こっちに来て
「今 壁に口が出て何かしゃべってた。」
と言った
あれは 気のせいじゃないと確信し
でも不思議な体験
  1. 2005/09/03(土) 13:54:52|
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ブランコガユレル

うちの祖父は最低のロクデナシでした。
料理屋をやっていたのですが、奉公に来ていた若い娘を手込めにしたり
養女と言う名目で女を囲ったり。
その祖父も死んで10年近くが過ぎ、住んでいた家の取り壊しが決まりました。
たまたま時間があった私が家の内部を片付ける事になりましたが
なかなか片付かずその日はそこに泊る事にしました。
TVもDVDも無く異様に静かで、眠れない私は布団の中でゴロゴロ。
その時古いブランコがゆれる様な、きぃ…、きぃ…と言う音が聞こえてきました。
耳を澄ますと、音は二階から聞こええるようです。
私は二階に上がってみる事にしました。

和食料理屋をやっていたのに、祖父の家は何故か洋風な作りで
私は電気の点かない古くさいシャンデリアがぶら下がる螺旋階段を
懐中電灯で照らしながら上りました。
二階にはでかいサイドボードや西洋の鎧が埃をかぶっています。
音がするのは一番奥の部屋でした。
緊張しながら奥の部屋を開けるとそこは、和室でした。
音がする場所を探そうと目を凝らすと奥の方に、何かぶら下がっていました。
恐る恐る近づくと、それは浴衣を着た女性でした。
梁にかけた薄いピンクの帯で首を吊っていました…。
私は叫びながら家の外に飛び出しました。
近所の人に警察を呼んでもらいお巡りさんに家に入って頂きましたが
もう中には誰もいませんでした。

お巡りさんに散々注意され、泣く泣く祖父の家に戻った私は
朝まで一睡もせず、一階だけを片付けて後は業者に頼みました。

母や伯母にその事を話すと、ひどく嫌な顔をされ罵られました。
後日、いつも優しい大伯母(祖父の妹)に女性の首吊り死体を
目撃した事を話すとこんな話をしてくれました。
祖父は結婚資金を貯めるため下働きに来ていた娘さんを
無理矢理レイプしたのです。
娘さんはショックで伊達締めで首を括って自殺。
祖父は何もかも金でカタを着けたのだそうです。
大伯母は、「アンタがその娘さんと同じ年頃だったから恨み言の一言も
言いたくて出てきたんでしょうね」と言っていました。
死んだとは言え、祖父は許せない人間です。
苦しめてしまった女性に心からお詫びしたいと思いました。
今はその家は、もうありません。
  1. 2005/09/02(金) 13:52:42|
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