ほんのりと怖い話。

ほんのりと怖い話を日々更新して逝きます。

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ワラニンギョウ

今は昔。
頃は春。甲山へピクニックに行った時の事。

西宮に甲山という、ファミリーハイクにはもってこいの小さなかわいい山がある。
付近には六甲山系を水源とする川と、飯盒炊爨の出来る河原があった。
俺が青色(小坊)1年、弟が幼稚園へ上がる前の事だ。
俺たち兄弟は母親に連れられて、そこへ来ていた。
メニューはご飯と鋤焼。だが、ご飯が出来なければ次が始まらない。
俺たちは母に火の番を任せ、河原で遊んでいた。
ふと、川の方に目をやった弟が声を上げた。
「あ、人形。ほら」
弟の指さした先の浅瀬に、ワラ人形が足をこちらに向けて流れ着いていた。
現物を見るのは初めてだったが、本などで見るものとまったく同じで、きっちりと
束ねられており、大きさは15センチくらいだったと思う。しかし、釘などが
刺さっていたような形跡はどこにもない。

(なんでこんなものが?)

訝しむ俺に構わず、弟はそれを拾おうとして一歩踏出した。すると、
「だめよ」
いつの間に来たのか、母が俺たちの真後ろにいた。
「そんな物、拾っちゃダメ」
静かだがドキッとするほど鋭い母の言葉の響きに、弟が思わず後ろをふり返った。
その時、弟の後ろでワラ人形が体を起した。
そして、眼無き顔で母と俺をさも悔しそうに睨め付けると、自ら仰向けになり、
川の深みへ入ってそのまま流れて行ってしまった。

あれはいったい何だったんだろう。
母に後で聞いてみた。家の母方の人間はわりと霊感が強い人間が多く、中でも母は
ずば抜けてそれが強い。その母をしてよく分らないと言う。ただ、川の方から弟に
向って厭な視線が向けられているような気がしたので、そっちを向くと、真っ黒な
小人が蛙のようにうずくまっているのが見え、慌てて駆け寄ったのだと言う。
瞬間、弟が捕られると思ってゾッとしたそうだが、その時、小人が俺の方をずいぶん
忌々しげに睨んでいたので、少しほっとした、と母は言った。
俺には全然そんな物は見えていなかった。
ヤツは一体どこへ流れて行ったのか。それともあそこで繰返しああしているのだろうか。
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  1. 2005/10/12(水) 17:00:33|
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ヤリノサキ~ソノニ

その後だけど、お経をあげてもらって、普通にお盆を過ごしました。
岩手県の夏は本当に綺麗で、この地域でそんな悲しい出来事があったなんて信じられないくらい。
けど、俺はやっぱり元気が出なくて怖くて当分ビビって過ごしていました。
夜がとにかく怖かった。
その度に爺ちゃんやオッサンが大丈夫だとは言ってくれたけど、
やっぱどうしても怖かったんだよね。

けど、釣り好きだから、また懲りずに夜釣りへ出かけました。
坊さんからは何か変なお守りらしきのを貰っていたし。
何て言えばいいのかな、木を本当に薄くスライスしたものみたいなのに文字が書いてあるやつ。
確か三文字くらいだったかな。勿論、漢字。
梵字ではなかったと思います。
夜釣りをしていると、あ、この時はオッサンも一緒です。爺ちゃんも一緒。
静かな海だったな。凪は落ち着いてて、ウミタナゴがよく釣れました。

爺ちゃんが釣りをしながら俺に話しかけてきたんだけど
「どこらへんで○○を見たんだ?どのあたりだ?」
って言ってきました。○○の名前は思い出せない。人名ではなかった。
何かモノの名前だと思う。きっとそれは立っていた人のことなんだろうけど何だったかな。
何か思い出せないの嫌だな。
俺はあのあたりって言って海の真ん中あたりを指しました。
人差し指では指さずに、目線で以って指した。人差し指で指すとね、
何かまた怖いこと起きるんじゃないかって思っちゃって。
完全にビビりですねw

「そうか…」
って爺ちゃんが言って、涙ぐんでました。
そんな爺ちゃんを見るのが初めてだったから、ビックリしたんだけど、そこでオッサンがいいからいいから…って言って無理やり俺に釣りを続けさせました。

釣りから帰ってくるとすぐに婆ちゃんから、早く盆棚に拝んできなさいって言われて、盆棚に拝みに行ったの。
また夜で、怖かった。斜め隣がどうしても気になっちゃうんだよね。

すると父ちゃんが俺の隣に来て、昔の話をしてくれました。
父ちゃんが経験した話。前記したとは思うんですが、おんぶされたって
やつね。

「父ちゃんはいきなりな、誰かにピョンって飛び乗られたみたいに
重くなってな、動けなくなってな、腹っこ…腹…。取ってけっつぇ…
って言われたんだ。お前ももしかしたらこういう言葉を聞いたかもしれないな。
けどな、それを怖いと思っちゃいけないって爺ちゃんに言われたんだぞ。
まあ無理だよな、確かに怖いしな。怖いかもしれないけど、ここの地域に
そんな悲しい話があったんだ。それを覚えておけば怖いとは思わなくなるさ」

みたいな感じだった。
今思うと、襖開けたくせによく言うわって感じなんだけどねw
しまりのない後日談はこんな感じです。。。

ちなみに、分かっている事は

飢饉があったという事。さっき調べましたが、岩手県って冷害が結構あったらしいです。
東北地方の沿岸部は季節風の「やませ」というのが吹きます。それが続いて吹くと農業も漁業もうまくいきませんので。
「やませ」は必ず毎年吹くものなのですが度合いが違います。

また、飢饉以外にもそれを超える出来事がありました。詳しく書くと
地域を特定されてしまう為に省略しちゃうけど。
綺麗な自然とは対照的に過去にはたくさん悲しいことがあった土地なんだよね。
その地域自体は大好きなところだけど。

あと、やたらと地域のつながりが強い。
意味不明な神事らしき事をよくしていた。
誰かが死んだらは絶対に魚、肉、ネギ類は食べない。

あんまり俺の体験とは関係ないかもだけどね。



>しかしやはり槍というものの性格上、自殺というのは考えにくい。
>しかも1本の槍を使い回して多人数が自殺なんてありえない。
>鏃が本家にあること、また「お寺さ…やんた…」という言葉から、
>村の権力者と寺が何らかの取り決めを行い・・・と考えるのが自然かも。
↑のレスに対し、



それも突っ込んで聞いたことあるよ。
食いぶち減らしとかじゃなかったの?って。
そしたらそれだけは絶対にしない約束が昔からあったらしい。本当かはわからないけど。
むしろ本家はその地域の人達と みんなで何とかしようとしてたらしいよ。
階級みたいなのはあくまで表面だけで、本家本家と言っても表面だけのものなの。

あと、ちなみに実際は餓死が圧倒的に多かったらしい。
海へ身投げや刃物類自殺もあったにはあったらしいけど。
  1. 2005/10/11(火) 14:36:41|
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ヤリノサキ

俺の実家、岩手県のとある地方なんだけどさ、毎年帰省するんだけどね。
よく田舎って「本家」みたいなのがあるのは分かるかな?
その一族の本家っていうかさ、要は親戚縁者を統括する家みたいなの。
血筋の出所って言えば適切かな。まぁそういうのがあるんだわ。
その本家はね、三百年くらい歴史があるその土地の権力血筋だったんだ。
あまり詳しくは書けないけど、立派な造りなんだよ。ボロっちいけどね。
その本家で俺がまだ当時小学生だった時、夏だったかな、大人達が
囲炉裏のあったっていう(今はない)部屋で、何かゴソゴソ話してるの。
もちろん俺といとこは気になっちゃって、こっそり盗み聞きしようとしたんだ。
大人達っていうのは親戚のオッサンとか、俺のじいちゃんとか、そこら辺の親戚の人間ね。
田舎はコミューンが小さいから、結構血が繋がってるんだ。人口少ないし。

「…どうすん…部屋…」
「空いて…近づくしかね…閉め…」

みたいなこと話してたんだ。あまりよく聞こえなかったんだけどさ。
まぁ盗み聞きはソッコーでバレたんだが、親戚のオッサンが

「おめら、何もきぃてねぇべな!!きぃてねぇべな!!」

って凄い剣幕で俺らに言ってきたんだ。いつもは超優しいオッサンだったもんだから
その形相に俺らはビックリしちゃって、何も聞いてないって言ったの。
そしたらオッサンはいつもの優しいオッサンに戻って

「そうか…」

って肩をなでおろしていたのを今でもハッキリ覚えてる。

時期はお盆。
風習も面白いところなんだが、俺らガキは大人達から
「お盆の海では絶対にお酔いじゃダメだぞ」
みたいな事をいつも言われてた。まぁシカトして泳いでたし、
そういった霊体験みたいのは何もなかったから全然平気だったんだけどさ、
まぁよく言う海で泳ぐのは危険だから、お盆特有の霊現象みたいなので
子供を海へ近づかせない常套句だったんだろね。これは全国各地である話だよね。

話がちょっと脱線したけど、いつもの夏通りに海へ出かけて釣りしてたの。
釣りへ出かけて楽しんでるとさ、釣りへいつも連れて行ってくれてる親戚のオッサンが元気ないんだわ。
さすがにガキながら心配になり「どうしたの?」みたいな感じの事を言ったんだ。
そしたら、オッサンは「どうもしねから、どうもしねから」
って上の空みたいな返事しかしない。この時点で今ならかなり怪しいと思えたんだが、
なにぶん、当時は小学生のガキだったもんでそこまで気にせず釣りを楽しんでたんだよね。

俺らは釣りにすごくハマってて、夜釣りもしてたんだけど、いつも通り、オッサンに
夜釣りに連れて行ってくれって俺らは夕方くらいに頼んだの。
オッサンは何故かかなり拒否して、今日はやめとくべって言ってきたんだ。
いつもはね、「行こう、行こう」って自分から言ってくる人なんだけど
何故か頑なに拒否されたんだ。もうこの時は確か盆の入り直後だった思う。
不思議だなと思ったんだけど、俺らはコッソリ夜釣りに黙って出かけちゃったんだよね。

夜釣りを楽しんでるとさ、いとこの一人が俺に言ってきたんだ。
「A(←俺)、何かあっちさ人立ってねは?」
あっちって方向を指差したのは海のど真ん中。コの字型の岸壁のど真ん中で
確かに人らしきのが海の上に立ってるの。最初は舟の上で漁師のオッサンが
何かしてるんだろうなって思ったけど、そんな気配はない。つーか、舟がない。
きっと幽霊だと思ってなんか俺らは怖がらずに、逆にテンションあがって
ワイワイやってたんですよ…。アホだ…。

そしたらオッサンとじいちゃんとかが、俺らが釣りしていた岸壁に
かなり飛ばして、俺らの背後にある漁港までの山道を飛ばしてきたのに気づいてさ
俺ら見つかってオッサンとじいちゃんにかなりその後しぼられたんだ。
車の中で「何か見たか?何か見てねぇべ!?」って言われてさ、
俺らはその幽霊らしきのを見たとは言わず、また事実を隠しちゃったの。
そしたら、また大人達が肩をなでおろしたのがマジで印象的だった。

車の中で本家に帰る途中、ずっと大人達は無言だったんだ。俺らはそれに
不思議がったんだけど、俺は勝手に釣りに出かけたら怒ってるんだろうなって思ってた。
家に着くと大慌てで婆ちゃんが俺らんとこに来て
「何も見なかったべな!!何も見なかったべな!!」
ってオッサンと同じ事を言ったのよ。で、まぁ見てないみたいな事を言ったら
婆ちゃんフラフラ~って崩れ落ちて泣き出した。悪いことしたなぁって反省したんだが
何がそこまで大人達をさせるのかなって気になったんだよね。すぐ後に婆ちゃんが
「くわっせ、うまかっつぉ」
って言ってくれて夕顔の煮たのを出してくれた。郷土料理だよ、美味しいよ。
いつもの婆ちゃんに戻ってたね。さっきのテンパってた婆ちゃんじゃなくて。
だからなおさら気になったんだよね。

夕顔食いながらさ、ふと気になってたから聞いちゃったんだよね。
何か部屋が開くだの閉めるだのみたいなのをこの間話してたでしょ~みたいな感じで。
そしたらまた空気が変わっちゃってさ、婆ちゃん泣き出す、オッサンはテンパる、
爺ちゃんは電話しだす、オヤジ&おかんはうなだれるみたいな感じにね。
俺らはさすがに怖くなって二人とも泣いちゃった。阿鼻叫喚とはまさにこの事。。。

で、オッサンに別の部屋に連れて行かれてね、盆棚がある部屋なんだけどさ
そこで10分くらい拝まされて、「今日は寝ろは…」って言われたんだけど、
気になって寝れない。まだ婆ちゃん泣いてるし、近所から人来るしさ
寝れるわけねーだろみたいな場だったんですよ。まぁ寝たんだがw

朝起きたら、いつも通りの朝で取り合えず一安心。けど、爺ちゃんは難しそうな顔を
したままだった。起きてソッコーで寺に連れて行かれて、剣舞を見せられた。
ケンバイっていうのは何か背中に旗さして踊ってるよくわからんもの。
この地域では子ども会みたいなのに入ってるヤツらが踊ってるの。学校の帰りとかに
公民館みたいなところに寄って、夏に踊る為に練習してる。俺はやらんかったけど。
見せられた後に寺の本堂の中に連れて行かれて、坊さんに長々とお経をあげられた。
以降は爺ちゃんとオッサン、坊さんの会話ね。うろ覚えだからあれだけどさ…。
あと方言が意味不明だと思うので訳して書きます。爺ちゃんをJ、オッサンをO、坊さんをBとします。

O:「何も見てなかったって言ってました」
B:「だとしたら安心だけど油断は出来ないな」
O:「こっちはこっちで何とか出来るとは思うんですが」
B:「じゃあ、T(本家の屋号)に行くから」
J:「お願いします」

みたいな感じ。もっと沢山話してたんだけど、こんな感じでした。

で、爺ちゃんが俺にね、話してきたの。
俺の言葉で話しちゃうから、この通りに話していた訳じゃないけどね。
内容的にはこんな感じでした。

「お前はこの家の造りはだいたいわかるだろ?部屋が何個ある?
その部屋で物置にしてる部屋があるだろ?その部屋の奥に襖があるだろ。
そこには昔から近づくなとは言われて多と思うけどな、そこの襖が
ちょっとだけ開いたんだ、最近。そこにはな、錆びた槍の先が
しまわれてるところなんだ。」

ってね。本家の部屋は8つくらいあって、縁側が2コある不思議な造りなんだけどね、
俺が本当に小さい時から言われてたのが、裏の縁側に回るなって事と物置の部屋には行くなって事。
まぁ物置にしてる部屋なんて確かに暗がりで
薄気味悪いから行かなかったんだけどさ、そうやって言われてたの。
その奥に襖があるのはなんとなーくは知ってたんだけど、その前には
荷物やら何やらが山のように置かれてたから、行くにも行けないようになって
たんだよね。俺は薄気味悪いから物置部屋には近づきもしなかったし
そんな襖のことはどうでもいいと思ってた。今これ書きながら考えると
あの荷物群は絶対に意図的なものだったんだろうなって思う。
で、また爺ちゃんが

「その槍の先はな、爺ちゃんの爺ちゃんの~(略)のな、ずっと昔から
あるもんなんだ。爺ちゃんもな、前からあれは近づいても見てもダメだって
お前くらいの時には言われてたんだけどな。近づくなって理由は定かではないけど
爺ちゃんが爺ちゃんから聞いた話だとな、あの槍は昔、ここで飢饉があった時に
あの槍でみんなどんどん死んでいったんだ。何であの槍で自殺したのかは
分からないけど、そうやって爺ちゃんは聞かされた。聞かされたのはお前より
もっと大人になってからのことだったんだけどな。実際はどうかは分からん。
その槍は昔からこの家が預かることになっていてな、お前もわかるだろ。
ここら辺で中心的な家がここだってことくらい。だから、その槍の先を預かってるんだ。
押入れの中にただ槍の先がコロンって転がってるだけなんだが、本当に危ないものなんだよ。
襖にはおまじないがしてあって、開かないようになってるんだ。
もちろんこっちから開ける事は御祓い(?)の時以外は絶対にないからな。
お前も見たことあるだろ。坊さんがたまに来て物置部屋に入っていくの。
あれは御祓いをしていたんだよ。お前ら子供には見せちゃダメだって坊さんから
言われてたしな。お前も坊さんから爺ちゃんやオッサンから言われた通りなことを
そのまま言われたことあるだろ?物置部屋には近づくなって。
けど、いい子だったよ、お前は。ちゃんと近づかなかったしな。
お前の父ちゃんは悪ガキだったから子供の頃近づいて襖付近まで行ってしまって、その後大変だったんだ。
とにかく、大変なものが入ってるんだよ。そっから先は婆ちゃんに聞け。」

のような事を言われて、何か気分がさすがに悪くなっちゃってね、婆ちゃんに聞く気にもなれずに割と放心状態でした。
ガキながらに流石にこれは怖かった。けど、婆ちゃんが聞きたくもないのに
こっちに来てさ、言うんだよね。また俺の言葉による内容のまとめになっちゃうけど…。

「その飢饉ではな、いっぱい人が死んだし、自殺もしたし、とにかく楽になりたかったんだ。
天国に行って、のんびりしたかったんだ。けど、本当はもっと婆ちゃん達みたいに
もっと長生きしたかったんだと思う。だからお前も、ちゃんと食べられる事に感謝して
毎日元気にしてなきゃいけない。嘘もつかずに真面目に生きなきゃダメだぞ。
嘘つきはダメ。女の人も子供も、その飢饉では沢山死んだんだ。」

みたいな事だった。俺は夜釣りで幽霊らしきのを見たってハッキリ言おうと思ってさ
「海の上に人立ってた」
って言ったんだよね。二人はこの前みたいにテンパらずに「やっぱりな…」って言った。
俺は怖くなっちゃってガクガク震えちゃったんだけど、婆ちゃんが
「大丈夫大丈夫、婆ちゃんついてるから…」って言ってくれた。
けど、婆ちゃんは実際、かなり不安そうな顔をしてた。
爺ちゃんはお寺に行ってくるって言って出かけていったんだ。

で、坊さんが来たのはその話を聞いた次の日だったと思う。
初めて俺はその時に襖付近へ行く事を許されたんだけど、荷物群を全部取っ払って
何か棚の準備をしたのを手伝わされてさ、ちょっとしたお寺の拝む棚みたいなのを作るのを
手伝わされた。坊さんはあちこちをブツブツ何か言いながら歩いてね、その棚の前に行くと
お経を上げ始めて、俺は出て行くように言われた。襖はたしかにほんの10cmくらい開いてた。
1時間後くらいだったと思う。坊さんが部屋から出てきて、その間に親戚がみんな集まってて、
近所の人も来ていてね。何かみんなで拝んでまた剣舞見てその日が終わった。
坊さんがさ、俺に言ってきたんだけど

「たぶん、今日はちょっとだけビックリする事が起きるかもしれない。けど、大丈夫だから。
たとえそれが起きたとしてもそのままそこにいなさい。
もう大丈夫だから何が起きてもその場を離れちゃダメだよ」
って言われたの。俺は素直にハイって答えた。夜釣りも行く気になれなかった。

その後に坊さんはオッサンや爺ちゃんに話してた。オッサンが坊さんに
「大丈夫なんでしょうか。アイツは大丈夫なんでしょうか。心配です」
みたいな事を言っていたんだけど、坊さんは「大丈夫、その場を離れなければ」って言ってた。
案の定、爺ちゃんやオッサンに俺は念押しされて、坊さんからの言付けを必ず守るようにって言われた。
その後は普通に飯食って、楽しく花火をして、夏を満喫したんだよ。
まぁ怖かったから無理やり花火やって、楽しもうとしてたんだけどね。忘れたかったから。

で、花火も終わり、お風呂も入ったし寝る事にした。またオッサンに「早く寝ろは…」って言われたし。
で、寝ようとしたんだけど坊さんの言った事が気になってなかなか眠れなかったんだよね。
俺が寝ている部屋はちょうど物置部屋の斜め隣なんだけどさ。
何でかいつもは気にせず寝てるのに流石にこの時ばかりはこの位置が気になって眠れないの。

そしたら急にコココココ…って何かが小刻みに何かに当たってる音が物置部屋の方からからしだして、壁のほうから聞こえてくるんだよね…人間の声がボソボソって。
それはどんどん増えて言ってあちこちから聞こえきだすの。
もう今でもちゃんと覚えてる。

「腹…腹…」
「やんた…やんた…生きて…生きてぇ…」
「腹…は…」
「死にたぐね…やんた…」
「腹…腹…」
「やんた…やんた…やんた…」
「お寺さ…やんた…」
「水っこはやんた…も…」
「腹…水っこは…」
「取ってけっつぇ…死にたぐね…生きてぇ…」

って声があちこちから聞こえてくるの。
もう怖くて怖くて仕方なかった。発狂しそうだった。
けど坊さんの言付けを守らなきゃって頑張って自分に言い聞かせて、震えながら寝れずにじっとしてた。
声は止まなくてどんどん増えていったんよ。
そしたら俺の寝ている部屋でも何かがコココココ…て聞こえ出してさ、さすがにそれには閉じていた眼を開けちゃって、その音の方向を見ちゃったんだよね。
そこにはさ、般若の刺繍(?)っていうか、そういった布で出来た飾りみたいなのが額縁に入れられてあるんだけどそれが揺れてるんだよね。
しかも、その般若の刺繍の眼のとこが動いてるの。
さすがに口を閉じたり閉めたりまではしてなかったとは思うんだけど、般若の刺繍のとこらへんからも同じ言葉が出てきてるんだよね。

「腹…腹…」
「やんた…水っこは…」って。

たぶん、それ見て気絶してました。気づいたら朝だったし。

ちゃんとそれを爺ちゃんと坊さんに言って、お寺でまたお経をあげてもらいました。
坊さんは褒めてくれた。爺ちゃんも褒めてくれた。よく頑張ったなって。
  1. 2005/10/10(月) 13:30:20|
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ウシノクビ

戦前のある村での話だそうです。
その村には森と川を挟んだところに隣村がありました。
(仮に「ある村」をA村、「隣村」をB村としておきます。)
B村はいわゆる部落差別を受けていた村で、A村の人間はB村を異常に忌み嫌っていました。


ある朝、A村で事件が起きました。
村の牛が1頭、死体で発見されたのですが、
その牛の死体がなんとも奇妙なもので、頭が切断され消えていたのです。
その切り口はズタズタで、しかし獣に食いちぎられたという感じでもなく、
切れ味の悪い刃物で何度も何度も切りつけ、引きちぎられたといった感じでした。
気味が悪いということでその牛の死体はすぐに焼かれました。

しかし、首のない牛の死体は
その1頭では終わりませんでした。
その後次々と村の牛が殺され、その死体はどれも頭がなかったのです。
普段からB村に不信感を抱いていたA村の人々はその奇妙な牛殺しを
「B村のやつらの仕業に違いない」とウワサし、
B村を責めたてました。


しかし同じ頃、B村でも事件が起きていました。
村の若い女が次々と行方不明になっていたのです。
いつもA村の人々から酷い嫌がらせを受けていたB村の人々は、この謎の神隠しも
「A村のやつらがさらっていったのに違いない」とウワサし、
A村を憎みました。


そうしてお互い、村で起きた事件を相手の村のせいにして
ふたつの村はそれまで以上に疑い合い、にらみ合い、憎しみ合いました。



しかし、そのふたつの事件は実はひとつだったのです。



ある晩、村境の川にかかった橋でB村の村人たちが見張りをしていました。
こんな事件があったので4人づつ交代で見張りをつけることにしたのです。
夜も更けてきた頃、A村の方から誰かがふらふらと歩いてきます。
見張りの男たちは闇に目を凝らしました。
そして橋の向こう側まで来たその姿を見て腰を抜かしました。
それは全裸の男でした。その男は興奮した様子で性器を勃起させています。
しかしなにより驚いたのはその男の頭は人間のそれではなく、牛の頭だったのです。
牛頭の男は見張りに気付き、森の中へ逃げ込みました。

牛頭の男はA村でも牛の番をしてた村人に目撃されていました。
その牛頭の男こそ、ふたつの事件の犯人に違いないと、
A村とB村の人々は牛頭の男を狩り出す為、森を探索しました。

結局牛頭の男は捕まりませんでした。
・・・いえ、実際には捕まっていました。
しかし、男を捕まえたA村の人々は彼を隠し、
みんな口を揃えて「そんな男は存在しなかった」と言い出したのです。
A村の人々のその奇妙な行動には理由がありました。

A村の人々は牛頭の男を捕まえました。
その男は実際に牛頭なのではなく、牛の頭の生皮を被った男でした。
A村の人々は男の頭から牛の皮を脱がせ、その男の顔を見て驚きました。
その男はA村の権力者の息子だったのです。この男は生まれつき、知的障害がありました。
歳ももぅ30歳ちかいのですが、毎日村をふらふらしてるだけの男でした。
村の権力者である父親がやってきて問い詰めましたが、
「さんこにしいな。ほたえるな。わえおとろしい。あたまあらうのおとろしい。いね。いね。」
と、ワケの分からないことばかり言って要領を得ません。
そこで男がよく遊んでいた、父親の所有している山を調べると、
女の死体と牛の首がいくつも見つかりました。
異常なのは女の死体の首は切り取られ、そこに牛の首がくっついていたのです。
男は、B村から女をさらい、女の首を切り取り牛の首とすげ替え、
その牛頭の女の死体と交わっていたのです。

権力者である父親は息子がやったことが外に漏れるのを恐れ、
山で見つかった死体を燃やし、A村の村人に口封じをし、
村に駐在する警官にも金を渡して黙らせました。
そして息子を家の土蔵に閉じ込め、その存在を世間から消し去ったのです。

しかし、村の女たちが行方不明のままのB村の人々は黙っていません。
特に、あの夜実際に牛頭の男を見た見張りの4人は、
「牛頭の男など存在しなかった」と言われては納得いきません。
村人みんなで相談して、その4人が警察に抗議に行くことにしました。

次の日、川の橋に4人の生首と4頭の牛の生首が並べられました。

A村の人々は真実が暴露されるのを恐れ、B村を出た4人を捕らえ、
真実を知っているにも関わらず、B村の4人に全ての罪をかぶせ、私刑(リンチ)し、
見せしめに4人の首をはね、さらし首にしたのです。
一緒に牛の生首を並べたのには、
「4人が牛殺しの犯人である」という意味(もちろんデマカセではあるが)と、
「真実を口外すれば同じ目にあうぞ」という脅しの意味がありました。

この見せしめの効果は大きく、
B村の人々はもちろん、A村の人々自身も「この出来事を人に話せば殺される」と恐れ、
あまりの恐怖にこの事件については誰も一言も話そうとはしなくなりました。
ふたつの村の間で起きたこの出来事は全て村人たちの記憶の奥深くに隠され、故意に忘れさられ、
土蔵に閉じ込められた男と一緒にその存在自体を無にされたのです。
  1. 2005/10/09(日) 15:41:22|
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キオク

風邪ひいてて寒気がするので、大久保にある病院に行くため西武新宿線のつり革につかまってた。
で、あたまがぐわんぐわんと痛くて、目を閉じて眉間にしわ寄せて耐えてた。
そこで記憶が途絶えて、気がついたら夕方で、あたりは見知らぬ景色。
買ったことない服着てて、髪染めたこともなかったのに茶髪になってた。
パニクって近くのラーメン屋に入って、ここどこと聞いた。大阪市の福島駅の近くで、時間が一年
近く経ってた。ケータイの種類が変わってた。アドレス帳には、「ま」とか「ひ」とか、一文字の
名前で電話番号が10程度あったけど、知り合いや実家の電話番号がない。
俺はなぜだか知らないがその知らない電話番号が恐ろしくて、川に捨てた。警察から実家に連絡した。
向こうもパニクってた。俺に捜索願が出てた。
とにかく、帰って、今もまだ月一で精神病院に通ってる。
仕事は元の会社には帰れないみたいだったので、今は派遣やってる。
  1. 2005/10/08(土) 14:37:35|
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クネクネ

昨晩不思議なものを見た。
俺も彼女も今日休みだから彼女が泊りにきた。
だけどバイトが疲れちゃったとかいって先に寝ちゃったから一人で酒飲みながらテレビ見てた。
しばらくして外の風当りたいと思ってベランダに出たら外に白いグニャグニャしたものがいた。
何だあれ?ってよーく見てみるんだけど白いグニャグニャした人見たいな感じなんだけとそれがなんなのかあと少しで分かるような気がするんだけど酔ってんだなぁって思って寝た。
朝起きたら彼女の名前が分からなかった。名前だけが思い出せなかった。
  1. 2005/10/07(金) 13:50:40|
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ワンコール

父親が入院をしていた。
かなり悪い状態なのは家族の誰もがわかっていた、そして真夜中の病院からの
電話、「呼吸がおかしいので早く来て下さい」最後には間に合って見届ける
事ができた。
葬儀には沢山の人がきてくれたし誰もが惜しんで泣いてくれた
家族も悲しみながらもなんとか立ち直って前向きに暮している。
父親が逝ってから5年、普段はなにもないが1つだけおかしな事がある。
命日となったあの日8月某日の真夜中看護婦が電話をくれたあの時間に
トゥルルル~~とコールがある。
今年もワンコールで切れた。何か言いたい事があるんだろうか?
  1. 2005/10/06(木) 18:24:34|
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ウラミノワ

正月休みの時に先輩から聞いた話をさせて頂きたいと思います。

ただ、この話は当事者の家族がまだ生きている為、仮名と多少の脚色を交えて書き込みさせて頂きます。
また、「家に関する…」という主旨からは若干外れてしまうかも知れない
上、内容が内容だけに、特に女性の方はあまり読まない方が良いかも。

その先輩は、某地方の山奥に有る、小さな集落出身です。
私自身、学生の時に一度だけその場所に行った事がありますが、とても寂しい場所でした。
住んでいる人が温かい人達ばかりだった為、その集落の寂れ具合が余計目立っていました。

さて、久々にその先輩と会ったので、色々と昔話に花を咲かせていたのです
が、たまたま彼の実家が有る集落の話になりました。
私「実家には帰りました?」
先輩「うん、まあ…」
私「…どうしたんです?親御さんと喧嘩でもしたんですか?」
先輩「そうじゃなくてさ。一応帰ったんだけど、色々と考える事があった」
私「親御さんの跡を継ぐ話でも出たんですか?」
先輩「いいや、違う。もっと根本的な話だよ」

そして、以下は彼が初めて私に打ち明けた話です。

彼が住んでいた集落には、昔で言うところの庄屋的立場の人が居ました。
家も大層立派で、すぐにこれだ、と分かるぐらいの大きな旧家です(私も集落に行った時、すぐに分かりました)。そして、結構な土地持ちでもあったようです。

が、土地持ちと言っても威張り散らす事も無く、近所の人達にはとても親切、村人の相談に乗ったり揉め事の仲介をしたり…と、人望も厚かったようです。
また、大の子供好きでも知られており、集落の子供を呼んで習字を教えたりご飯をご馳走したり(これが、本当に豪華だったらしい)もしていました。

そして、その家には息子さんと娘さんが居ました。息子さんは既に独立して家を出ていたそうですが、娘さんの方はまだ家に居て、先輩が3歳位の時には、既に中・高校生程の年齢であったと言います。
先輩は彼女の事を、とても鮮明に覚えていると言います。

女性の綺麗な黒髪を、「濡れた烏の羽の色」と言いますが、正しく彼女はそれでした。
真っ直ぐに伸びた黒髪を腰ぐらいまで伸ばし、それをいつも束ねていたそうです。
そして、肌も驚くほど白く、顔立ちも美人そのもの。

所謂、大和撫子でした。

ただ、彼女には変わっている所がありました。まず、学校に行っている様子が無い。
どこか悪いようにも見えないし、中学か高校に行っていてもおかしくない年齢だというのに、朝も昼もずっと家に居る。
また、庄屋の家の家族は村人とよく接するのに、彼女だけは家に閉じこもって出てこない。
聞けば、「学校どころか、家からも出たがらない」との事でした。

でも、彼女も庄屋の両親同様、子供達に対してだけは非常に面倒見が良く、日頃遊ぶ相手が居ない為か、家に遊びに来る子供達の遊び相手をよくしていました。
その可愛がり様はまるで、我が子を相手にしているような感じであったそうです。

そして、遊び相手をする子供に、外の様子を頻繁に聞くそうです。それは本当に些細な質問で、テレビを観たりしていれば、すぐに分かりそうな内容でした。
「そんなに知りたければ、自分から外に出ればいいのに…」と先輩は思ったそうです。

さて、それから暫くして、子供の遊びに1つの変化がありました。TVゲームの登場です。
それと共に庄屋の家に遊びに行く子供達も減りました。
先輩も例に漏れず、 親に買って貰ってゲームをする毎日だったそうです。
庄屋の家でお絵描きや草笛、笹舟を作ったりお手玉で遊ぶよりも、TVゲームの方が遥かに刺激的でした。

それから数年が経過しました。先輩は相変わらずゲームや、友人と某カードの交 換などをして遊ぶ毎日だったのですが、たまたま学校で「自分の身近な歴史を知りましょう」といった主旨の宿題を出されました。

最初は親に聞いたのですが「ずっと農業してた」程度しか答えてもらえず、悩んだ末に「庄屋の人なら家も古そうだし、何か知ってるかも知れない」と思い立って行ってみる事にしたそうです。

で、先輩はノートと筆記用具を抱えて庄屋の家に行きました。数年振りなので、
少し緊張したのですが、門をくぐって玄関へ。が、誰も出てきません。
『おかしいな、皆留守なのかな?』と思っていると、家の奥から怒鳴り声と泣き声が。

何事か、と思った先輩は縁側の方に廻りましたが、何も見えません。しかし、相変わらず怒鳴り声は聞こえます。
その声の元を確かめたい、という強い好奇心に駆られた先輩は、縁側から家に上がり込みました。

先輩は足音を忍ばせながらゆっくりと歩き、声を頼りに奥の間へ。
そして、とうとう声のする部屋にぶち当たりました。
少し躊躇いましたが、襖を少しだけ開けて中の様子を見た彼の目に、とんでもない光景が飛び込んできました。

部屋には布団が一枚敷かれていました。そして、その上には例の娘さんがペタリと座り込んでいます。
が、ひと目見て「様子がおかしい」事は、小学生の先輩にも分かりました。

目を大きく見開き、髪を掻き毟ってうなり声ともつかぬ声で喚いています。
そして、口から飛沫を飛ばしながら、「どこへやったぁ!出せぇ!」と、繰り返し叫んでいました。
昔、先輩に折り紙や草笛を教えてくれた娘さんの面影はありませんでした。

娘のすぐ脇には、泣いてオロオロする庄屋夫婦。部屋の隅には、何事かをつぶやく祖母が居ました。

庄屋の泣き声であまり聞こえなかったのですが、祖母は「この家に生まれた娘なんだ。いずれはこうなるって分かってたんだ。しょうがねぇ事だ」という感じの事を呟いていたそうです。

この、尋常でない光景を見た先輩は兎に角逃げ出したそうです。走って家まで逃げ帰り、事の次第を大まかですが親に話しました。
すると、親の顔色が突然変わりました。そして「見た事は誰にも言っちゃいけない」
と、固く口止めされたそうです。
結局、何故娘さんがそうなったのか、どうして口止めをするのかは教えてくれませんでした。

それから10年以上の月日が流れました。いつしか庄屋の家は無人になり、先輩自身も
進学の関係で都会へ。そのまま就職し、毎年のお盆と年末には帰省していました。

そして、今年の冬の事です。
先輩は帰省して自分の父親と酒を飲んでいた時に、たまたま庄屋の話題になりました。
すると突然、「お前も大きくなったし…」と言って、父親は先輩に対して以下のような話をしてくれました。

その昔、庄屋の祖先(当時は地侍か何か)にとても女癖の悪い人が居たそうです。
気に入った女性はどんな手を使ってもモノにする。それに加えて、かなりの暴君でもあったようです。

さて、その暴君には何人かの息子と、1人の娘が居ました。
息子達は、父親に似て粗暴でありましたが、娘は優しい性格をしており、父や兄弟を嫌っていました。
その上、外見も綺麗な黒髪に白い肌、とても綺麗な顔立ち…との事で、周囲の人間で惚れる者も少なくなかったようです。

娘は父親や兄弟の所業で被害を蒙った人々を助け、その度に父を諌めました。
が、父親はそんな娘の忠告に耳を貸すどころか、忌々しい奴だとさえ思っていました。
そして、ある日とうとう、娘は父親の逆鱗に触れてしまいます。

今となっては理由は分かりませんが、本当に些細な事だったと言います。
怒り狂った父親は自分の娘を、何と手篭めにしてしまいました。
しかし、それだけでは収まりませんでした。
娘は牢に入れられた上、食事もろくに与えられず毎日のように父親の相手をさせられました。

娘は満身創痍、体もすっかりやせ衰えて以前の美しさは見る影も無くなりました。
通常ならば、ここで発狂をしてしまうでしょう。が、彼女は驚くべき精神力で耐え抜きました。
そして、子供を身篭ります。

彼女自身、色々と悩む所はあったのでしょうが、結局その子供を産んだとの事です。
そしてその子供を「この子供だけでも助けてやって下さい」と、牢番を担当していた家来に託そうとします。
しかし、家来は父親からの報復を恐れる余り、それを拒否しました。

牢での苛酷な環境に耐えられなかった子供は、すぐに死んでしまいました。
そして、これを機に娘の精神も破綻をきたします。毎日のようにうわ言を呟き、突然ゲラゲラと笑い出します。
やせ衰え、糞尿まみれになった彼女の不気味な笑いは、とても正視できるものではありませんでした。

そしてある日、とうとう彼女は死んでしまいました。
死ぬ直前に正気に戻ったのか、父親や兄弟、手を貸してくれなかった家来の名前一人一人を挙げ、「コイツの子孫は○○にしてやる」「コイツは○○で殺してくれる…」と言ったそうです。

死んだ娘さんは父親によって打ち捨てられ、野に晒されるままになっていました。
しかし、怨みを恐れ、更に不憫だと思った村の人間や家来達が、ねんごろに弔ったとの事です。

話を全て聞き終わった先輩は、父親に尋ねました。「何故、親父がそこまで細かく知ってるんだ?」と。
父親はこう返しました。

「その娘が託そうとした子供を拒否した牢番の家来というのは、
うちの先祖だからだ」と。

唖然とする先輩に、父親はこう続けました。「うちの先祖も加担した人間として、名指しで怨みを言われた。
けれど、子々孫々に渡ってこの話を受け継ぎ、決して同じ過ちは
繰り返さない、もしも同じような場面に遭遇したら、その時は必ず助ける。
毎日、そうやって祈っているお陰か、うちでは誰一人怨みで死んでいる人間は居ないようだ」

ちなみに、先輩の先祖が言われた内容は「お前は子供を助けてくれなかった。
お前の子供も、同じ目に遭わせてやる」といった内容だったそうです。

先輩は気付きました。自分が小学生の頃に庄屋の家で見たあの光景。
庄屋の娘さんが「どこへやった」というのは、遥か昔に不幸な死を迎えた、先祖の子供の事ではなかったのかと。
祖母が呟いていた「しょうがねぇ事」というのは、この事だったのだ、と。

また、先輩が庄屋さんの家で遊んでいた頃、娘さんが「まるで我が子に接するような優しさで可愛がってくれた」事も思い出しました。
そして、頻繁に外の出来事を聞いてきた事も。
それはまるで、牢に閉じ込められた彼女の先祖の様ではないか…。

正しく農村の黒歴史、といったところでしょうか。ちなみに、この話は郷土史等には一切登場していないようです。
何故なら、この事件の関係者だった子孫はまだ数多く居ますし、
それを出すとなると何かと問題になるからだそうです。

1つ分かることは、庄屋の子孫だけは怨みを逃れることは出来なかったという事です。
噂によれば、庄屋の娘さんは精神病院へ、祖母は他界し、それをきっかけとして庄屋夫婦は遠くへ引っ越したとの事です。
ただ、庄屋さんには娘さんの他、息子さんが1人居ます。
出来ることなら、息子さんが「怨みの輪」を断ち切ってくれると良いのですが…。
  1. 2005/10/05(水) 14:49:16|
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フミイルベキデナイバショ

私がまだ小学校低学年の幼い子供だったころに、
趣味で怖い話を作っては家族や友達に聞かせていました。
「僕が考えた怖い話なんだけど、聞いてよ。」ときちんと前置きをしてからです。
特にじぃちゃんが私の話を喜んで聞いてくれました。
私はそれがとても嬉しかったんです。熱心に聞いてくれるのと同時に、こわがってくれたから。

そんな折、私の作った話がクラスの中で流行りだしました。
放課後の男子トイレで個室を叩くとノックが返ってくる。といったありがちな話です。
クラスの女子の間であっという間に流行り、噂は学年中、学校中へと広まりました。
「男子トイレの前で手招きする男の子を見た」とか言い出す女子も出てきていて
私がやっとその噂を知って「僕の作り話だってば」と言ってもきかず、
その後もまことしやかに囁かれ続けました。
ついにはそこで肝試しを始めるグループまで現れてしまいました。

その肝試しでしたが、なにも起きるわけがないのに、
グループの子供が皆「ノックの音が返ってきた」と言うんです。大変な騒ぎでした。
そんなワケないだろ!?と思って作り話だということをアピールしようとしたのですが
当時の私は皆に冷たくされるのが怖くて言い出せませんでした。
しかし、そのうち私は自分の話が本当になってしまったのではないかと思うようになり、
すごく恐くなって自作の怖い話をすることをやめました。

その騒動があってからしばらくして
じぃちゃんが、怖い話をしなくなった私に「もう怖い話しないのかい」と聞いてきました。
私はもう泣きじゃくりながらその話をじぃちゃんにしたんです。
ほうかほうか、とやさしく聞きながら、こんなことを話してくれました。

 それはな、みんなが坊の話を本当に怖いと思ったんだ。
 坊の話をきっかけにして、みんなが勝手に怖いものを創っちゃったんだよ。
 怖い話を作って楽しむのはいいけど、それが広まってよりおそろしく加工されたり、
 より危険なお話を創られてしまうようになると、
 いつの日か「それ」を知ったワシらの目には見えない存在が、
 「それ」の姿に化けて本当に現れてしまうようになるのかもな。
 あるいは目に見えるものではなく、心のなかにね。  

 「おそれ」はヒトも獣も変わらず持つもの。
 「おそれ」は見えないものも見えるようにしてしまう。本能だからね。
 だから、恥ずかしくないから、怖いものは強がらずにちゃんと怖がりなさい。
 そして決して近寄らないようにしなさい。そうすれば、本当に酷い目にあうことはないよ。

私は、じぃちゃんも何かそんな体験をしたのかと思って
「じぃちゃんも怖い思いをしたの?」と聞きました。
すると、予期しなかったじぃちゃんのこわい話が始まったのです。

 昔、じぃちゃんは坊の知らないすごく遠くのお山の中の村に住んでいたんだよ。
 そこで、じぃちゃんの友達と一緒に、お山に肝試しに行ったことがあるんだ。
 そうだね、じぃちゃんが今でいう高校生ぐらいのころかな。
 お地蔵さんがいっぱい並んでいたけど、友達もいるし全然怖くなかった。
 でも、帰り道にじぃちゃんの友達が、お地蔵さんを端から全部倒し始めたんだ。
 「全然怖くない、つまらない」って言ってね。
 じぃちゃんはそこで始めてその場所に居るのが怖くなったよ。なんだかお地蔵さんに睨まれた気がしてね。
 友達を置いてさっさと逃げてきちゃったんだよ。
 そうしたらその友達はどうしたと思う?

死んじゃったの?

 ううん、それが何も起こらないで普通に帰ってきたんだよ。
 でもじぃちゃんはもうそれからオバケが怖くなって、友達と肝試しに行くのを一切やめたんだ。
 その友達はその後も何度も何度も肝試しといってはありがたい神社に忍び込んだり
 お墓をうろうろしたりお地蔵さんにイタズラしたり色々するようになってね。
 周りの人からは呆れられて相手にされなくなっていったよ。 
 人の気をひくために「天狗を見た」なんていうようになってしまった。
 じぃちゃんに「見てろ、噂を広めてやる」なんて言って、笑っていたよ。

 そして、ある日ふっと居なくなったんだ。
 じぃちゃんもみんなと色々と探したんだよ。
 そしたら…
 山の中の高い木のふもとで、友達は死んでた。
 木の幹には足掛けに削った後がてんてんと付いていてね。
 友達は自分で木に上って、足を滑らせて落ちたんだ。ばかなやつだよ。
 
 坊、世の中には人が入ってはいけない場所っていうのがあるんだ。
 それは怖い場所だ。
 坊だったらタンスの上もその場所だよ。
 落ちるのは怖いだろ。そういうことだよ。
 じぃちゃんの友達には、怖い場所が見分けられなかったんだ。

怖いね。ばちがあたったのかな。

 いいや、怖いのはここからさ。
 友達が死んでから、村の中のひとたちが次々に「天狗を見た」って言い出したんだ。
 じぃちゃんは「あれは友達のでまかせだ」と言ったんだけどね。
 友達が天狗の怒りに触れた、祟りだ、呪いだ、と皆は自分達でどんどん不安をあおっていった。
 夜通しで見張りの火まで焚いたんだ。
 皆が顔をあわせるたびに天狗の話をするので、村の中がじめじめしていた。

 そんな時に限って具合が悪くてね、村の中でケガをするのが4件続いたんだよ。
 どうってこともないねんざまで数に数えられてね。どう見てもあれは皆おかしくなってた。
 さらに噂に尾ひれがついて、「天狗に生贄を出さなくては皆殺される」とまで酷い話になっていた。
 
 そしてついに、本当に生贄を出そうという話をするようになったんだ。
 友達が死んだのは木から足を滑らせて落ちたからなのに、完全に天狗のせいになってた。
 村の中の皆も、人が入ってはいけないところに踏み入ろうとしていた。
 それはね、人の命だよ。 誰にもそれを奪う権利なんてないだろうに。
 じぃちゃんはね、天狗よりも村の中の皆がすごく怖かったんだよ。
 
 だからね、じぃちゃんは、その村から逃げてきたんだ…

じぃちゃんのこの話は、その後もねだって2度程聞かせてもらいましたが
「絶対に内緒だぞ」と言われ、両親の居るところでは決して話しませんでした。
でも、今でも私の家には父方の実家はありません。
農家の次男のじぃちゃんが、庄屋の娘のばぁちゃんと駆け落ちしてきたからだよと、
私の両親からはそう聞いています。

じぃちゃんが私に自作の怖い話を聞かせてくれたのかとも思いましたが、多分違います。
その長い話が終わった時、
じぃちゃんは大粒の涙をぼとぼと、私の小さな手の甲に落としたのですから。

今も思い出して涙腺が緩みました。
長文を読んでくれてありがとうございました。
  1. 2005/10/04(火) 14:24:28|
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コノイエノシタニ

私が中学生のころのお話です。
当時、実家に住んでいた私は兄弟の部屋と離れ自分の部屋を好きに使っていました。
部屋を広く使おうと思い、隅に布団を敷き、枕元に自分で買ったはじめてのステレオを置いて普段は布団にねっころがりながら耳元のスピーカーから音楽を聴いていました。
あのころは携帯もなく、実家では流行のコードレスフォンを導入し、私は夜になると自分の電話のように部屋に持ち込み、一日中友達と電話で話していました。
ある日、部活の事情で家族の外出に同行できなかった私は家で一人、いつもと同じように布団に横になって友達と電話をしていました。
部活の疲れが出たのか、友達と電話で話していて眠くなったので電話を切り、部屋の電気を消して眠りにつきました。
夜中に目がさめました。
季節はいつだったか覚えてません。
決して寝苦しくて起きたわけではないのですが、起きた瞬間に体が動かないこと、頭が割れるほど痛かったことを憶えています。
暗闇の中、数秒で「金縛りかな」という判断はできました。
その瞬間までは別に怖くはありませんでした。
ふっと目の前のコードレス電話の緑色の通話ランプが光るのが見えました。
電話を切るのを忘れてた?
違う、明らかについた瞬間を見た。
起きた拍子につけたわけでもなく、鳴ってないんですからかかってきた電話をとった訳でもない。
間もなく電話の発信音が聞こえてきました。
プゥーーーという音の中に何かボソボソという音が聞こえます。
耳からは少し遠いので聞き取れません。

「グズッ、グズッ、」
「…してやれ。」

声・・・?男の声…!そう思うといきなり背筋に悪寒が走りました。

その瞬間、後頭部の方に位置する大きなスピーカーからザザザザザザザザザザというノイズの轟音が堰を切ったように溢れ出してきました。
体は動かない。
全身に汗が噴きだし、頭の中で「嫌だ!嫌だ!」と叫び聞かないようにしても意識をそむけることができませんでした。
だんだんとその中に少しづつ声らしきものが漏れてくるのを聞き取れるようになりました。
AMとFMの局の雑音が混じったような音。
今でいえばダイヤルアップ接続する時のようなあの音。
その中に大勢の人の声が耳に入りこんでくるのです。
かろうじて聞きとれたのは

「ころして」
「くらい」
「きたよ」
「でたい」
「つめたい」

などの単語。
あとは読経のような抑揚のあるリズムの声。
体はガタガタ震えながらも熱く、満足に呼吸もできない状態でした。
「嫌だ!やめろ!」頭の中でずっと叫びつづけていると、10秒ほどで雑音の中ではっきりと、一人の男の声が聞こえてきました。



「このいえのしたにいるおんなのこをはなしてやれ」



「え?」
頭の中ではすぐに何を言いたいのかわからずただその言葉を反芻していました。

「このいえのしたにいるおんなのこをはなしてやれ」
「このいえのしたにいるおんなのこをはなしてやれ」
「このいえのしたにいるおんなのこをはなしてやれ」

男の声は何度も何度も繰り返され耳元で怒鳴られているかのように頭に響きました。
私は頭が割れそうな中、精一杯の声を振り絞り「やめてくれーーーー!」と叫びました。

声になっていたかはわかりません。
が、その瞬間声は止み、体は動くようになりました。
急いで部屋の電気をつけようと体をゆすって起きようとするのですが頭の痛みが収まらず、なかなか立ち上がれませんでした。
思い出し、先程の言葉の意味を考えていると更に怖くなり涙が出てきました。
部屋に電気をつけ、カラダの震えがようやく収まってきた頃、
がたん。
部屋の階下で物音がしました。
家族が帰ってきたかも知れない。
夜中の話ではありましたが、期待感からそう思いました。
なんとか立ち上がり、重い木製の引き戸まで足を運びました。
不安と期待で迷いましたが確認するためには引き戸を開けるしかなかったんです。
恐怖で指先は震えていました。
ほんの少し、5ミリほど引き戸を開けると目の前の階段は電気がついており、安心感から更に引き戸を開け、様子をうかがいながら少しずつ扉の外に出て行きました。が。

がり。

部屋で聞くよりも少しだけ音がよくわかります。
やはり下の会から聞こえてくる音でした。
ただ、実家の床は木製タイル、歩くときしむ音のように思えました。
部屋から完全に抜け出し、階段の下をうかがいましたが下の階は暗くてよく見えません。
人の気配がしたので階段を中腹まで下りてみると、ガリ、ガリ、ガリ、ガリとはっきりした音が聞こえてきました。

家族じゃないと気付いた時にはもう手遅れでした。
全身が再び神経剥き出しになるような感覚に襲われ、まだ終わってないんだということを強烈に思わされました。
そこには真っ黒な不透明(半透明?)の男が階段下の廊下に四つん這いになっている姿がありました。

がり。
がり。
がり。
がり。

真っ黒な男は両手の指で一心不乱に床を掻き毟っているのです。
真っ黒なのでどこを向いているのかわかりませんが、上体を起こした時の仕草は確実にこちらを見ていました。
とにかくヤバイ!
早く部屋に戻りたい一心で階段を駆け上ろうとするとバタバタとその男が階段に近づいてくる音がしました。
振り返りたくはなかったので部屋に飛び込み引き戸を精一杯閉め、カギを掛けました。
音は何も聞こえなくなり、追いかけてきた気配は気のせいだったかもしれないと思い一息つき、引き戸に耳をつけて向こうの様子を伺おうとしたその時、戸を隔てたすぐ向こう側、数センチのところから聞こえてきました。



「このいえのしたにいるおんなのこをはなしてやれ!」



泣いているような声でした。
もちろん返事などできません。
じっと黙っていると向こう側でガリガリと再びその音は始まり、今度はずるずると階段を下りていきながら何時間も床を引っ掻いていました。
私はというと布団を抱え耳をふさぎ、その日は朝まで震えていました。
その後、その家ではしばらく一人になるのを避けつづけていました。
  1. 2005/10/03(月) 14:17:13|
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カミトリシ

祖父が子供の頃の話。

祖父は子供の頃、T県の山深い村落で暮らしていた。
村の住人のほとんどが林業を営んでおり、山は彼らの親と同じであった。
そんな村にも地主が存在しており、村の外れにある大きな屋敷に住んでいた。
地主は林業を営むわけでもなく、毎日をのんびりと暮らしていた。

まさしく牧歌的な暮らしの村であるが、村特有のルールも存在していた。
そのルールというのが
「毎月3日は髪取り師以外は地主の家に近づいてはならない」
「屋敷に来る客人に声をかけてはならない」
というものだった。
毎月3日の朝に村外から数名の人間が訪れては、夕方には帰っていく。
物心付く前からそのルールを教え込まれていた祖父は、何の疑問ももたずに
ルールを守り続けていた。

ある日、村の外から一人の男が流れ着いてきた。その男をAとする。
男は村のはずれにある屋敷から、少し離れた場所に勝手に小屋を造り住み着いたそうだ。
村人たちは不審人物であるAに誰がこの村のルールを説明するのかを会議し、祖父の父親(B)がその役をする事になった。
Bは早速Aの小屋へ赴き、この村のルールを説明した。このルールを破れば、大変な事になるので必ず守って欲しいと念
をおした。

俺が不思議に思ったのが、なぜ村から追い出さなかったのかだが、祖父曰く
「村の人間の半数が流れ者なので、追い出すという考えがなかった」
だそうだ。

話を戻す。

AはBの説明を聞き、ルールを守る事を了解した。
そしてAが訪れてから最初の3日が訪れた。
この日も20代の男女と40代の男一人が村へとやってきた。
3日にやってくる者はみな、身なりもよく良家の出である品をもっていたそうだ

この村に何故村外の者が訪れるのか。
その秘密は「髪寄りの法」にある。
この髪寄りの法とは、人間にかけられた呪いや付き物を落とす術であり
この村の地主がその術を代々受け継いでいたらしい。
術はその名の通り、髪の毛に邪念を寄せ取り除くというもの。
しかしその髪を取り出す場所は被術者の腹部から取り出される。
その髪を山へ封印にいくのが、地主から洗礼をうけた髪取り師である。

その日もいつもと同じように時間が流れ、屋敷の裏口にそっと置かれた包み紙を
髪取り師が持ち、山へと封印にいった。
だが、村に来て日の浅いAは村のルールは聞いていたがそれを無視し、屋敷の側の
雑木林からその様子をうかがっていた。
Aは髪取り師が持ち去った包み紙に、何かいいものが入っているものだと考え
髪取り師の後をつけた。

髪の封印場所は山の中腹に建てられた祠であり、この祠の管理も髪取り師の仕事であった。
Aは髪取り師が祠の中に包み紙を入れ、山を下りたのを確認すると祠のなかからそれを
取り出した。中を確認すると血で濡れた一束の髪の毛。Aはその髪を放り出し逃げ出した。

その次の日、Aの小屋が燃えた。

Aは小屋から逃げ出し無事であったが、不審に思った地主がAを呼び出した。
Aは昨日の事を話さなかったらしいが、地主にはAについているモノが見えていた。
地主は、死にたく無ければ、お前が髪取り師を受け継げ。それを拒否すれば命はない。と
Aにすごむが、Aはそれを拒否。その日の内にAは村から追放された。

それから数日後、地主の屋敷が全焼し一家が死亡した。
その焼け跡からはAと見られる遺体も発見された。
村人はAが放火し、そのまま逃げ遅れたのだろうという結論になった。
さらに数日後、髪取り師が祠に行くと、祠は完全に破壊され中にあった髪も
すべて持ち去られていた。
真相は不明だが、村人たちの話ではAは祠を破壊し、髪をもって屋敷にいった。
髪の呪いや邪念が一気にたかまり、屋敷炎上を引き起こしたんじゃないかという事になった。

地主がいなくなってからは、村外の者からの収益もなく次第に村がさびれていき
やがて捨て村となっていった。

それいらい祖父は髪の毛に対し強い恐怖を覚えるようになったと
ツルツルの頭を撫でながら話してくれた。
  1. 2005/10/02(日) 13:55:57|
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ヤママツリ

久しぶりに休みが取れた。たった2日だけど、携帯で探される事もたぶんないだろう。
ボーナスも出た事だし、母に何か旨いものでも食わせてやろう。そう思って京都・貴船の
旅館へ電話を掛けてみた。川床のシーズン中だが、平日だったから宿が取れた。
母に連絡を取ると大喜びで、鞍馬も歩いてみたいと言う。俺に異存はなかった。
京阪出町柳から叡山電鉄鞍馬駅まで約30分。その間に景色は碁盤の目のような街中から
里山を過ぎ、一気に山の中へと変化する。また、鞍馬から山越えで貴船へ抜けるコースは、
履き慣れた靴があればファミリーでも2時間前後で歩く事が出来るし、日帰りなら逆に、
貴船から鞍馬へ抜け、鞍馬温泉を使って帰る手もある。
その日もさわやかな好天だった。荷物を持って歩くのも面倒なので、宿に頼んで預かって
もらい、それから鞍馬山へ行った。堂々たる山門を潜った瞬間、いきなり強い風が吹き、
俺を目指して枯葉がザバザバ降って来る。落葉の季節ではないのだが、母とくれば必ず
こういう目に遭う。天狗の散華だ、と母は言う。迷惑な事だ。途中からロープウェイも
あるが、母は歩く方を好むので、ところどころ急な坂のある参道を歩いて本殿を目指す。
由岐神社を過ぎると、先々の大木の中程の高さの枝が、微妙にたわむ。毎度の事だが。
鞍馬寺金堂でお参りした後、奥の院へ向かって木の根道を歩く。
魔王殿の前で、一人の小柄で上品な感じの老人が、良い声で謡っていた。
“…花咲かば、告げんと言ひし山里の、使ひは来たり馬に鞍。鞍馬の山のうず桜…”
言霊が周囲の木立に広がって行くようで、思わず足を止め、聞き惚れた。
最後の一声が余韻を残して空に消えた時、同じように立ち止まっていた人たちの間から、
溜め息と拍手が湧き起こる。老人はにっこり笑って、大杉権現の方へ立ち去った。

鞍馬山を下り、貴船川に沿って歩く。真夏の昼日中だと言うのに、空気がひんやりして
気持ちがいい。流れの上には幾つもの川床。週末は人で溢れているのだろうが、今日は
そうでもない。少し離れると、清冽な流れの中、カワガラスが小魚を追って水を潜り、
アオサギがじっと獲物を待つ。もう備えの出来たススキが揺れる上を、トンボたちが
飛び回る。
貴船神社へお参りに行く人は多いが、奥宮へ参る人は少ない。その静けさを楽しみ
ながら、奥宮の船形石の横の小さな社に手を合わせる。弟たちも連れて来てやれれば
よかったが、何分にも平日の急な事。学生時分ならともかく、社会人がそうそう手前
勝手な事をする訳にはいかない。母とそんな話をしながら振り返ると、さっき魔王殿の
前で謡っていた老人がこっちへ歩いて来るところだった。軽く会釈すると、向こうも
にこっと笑って片手を挙げる。
「先程は、良いものを聞かせて頂いて、ありがとうございました」
「いやいや、お恥ずかしい」老人は首を横に振り、俺と母を見やりながら
「親子旅ですか、よろしいなぁ。ええ日にここへ来はった。今日は“山祭り”や」
「まあ、お祭りがあるんですか」祭りと聞いて、母の気持ちが弾むのがわかる。
老人が教えてくれる。
「今晩、川床の灯りが消えた時分から、この先の方でありますねん。“山祭り”は
時が合わなんだら成りませんし、ほんまの夜祭りやから、知らん人の方が多いんや。
もし、行かはるんやったら、浴衣着て行きはった方がよろし。その方が、踊りの
中へも入りやすいよって」
母は既に行きたくてワクワクしている。一時、『盆踊り命』だった人だから。
ま、いいか。俺は盆踊りは嫌いだが、仕方ない。付き合うか。

川筋の道沿いに、黄桃のような丸い灯りが、ぽつりぽつりと点いている。俺たちの
他に、歩いている人はほとんどない。
奥宮へ近づくにつれ、笛の音がどこからともなく風に乗って流れて来た。山祭りは
どうやら、思っていた盆踊りのようなものとは、全然違うものらしい。
奥貴船橋の袂をくっと左へ折れ、山の中へ入る細い道をたどると、笛の音はますます
はっきり聞こえる。曲目はわからないが、ゆったりとしたメロディを、複数本の笛で
吹いているようだ。
やがて、木立の間からたくさんの白い提灯と、その灯りが見えて来た。そこは体育館
程度の広さの空き地になっていて、笛の音に合わせて数十人の人たちが踊っていた。
衣装は白地に紺色の流水模様の浴衣。女は紅の帯、男は黒字に金の鱗模様の帯。
踊るというより、舞うと言った方がいいような優美な動きで、普通の踊りの時のような
賑わしさや、テンポあるいはノリは全く感じられない。
俺たちより先に来て、これを眺めていた隣の人がいきなり駆け出し、踊りの輪の中へ
入って中の人と手を取り合った。知り合いがいたらしい。
前の方から、あの老人が笑みを浮かべながら、静かに俺たち親子に近づいて来た。
「ああ、来はりましたんやな」
「こんばんは。不思議なお祭りですね」
老人は不思議な言葉を口にした。
「あの中に、逢いたい人がいたはりますやろ」
逢いたい人?訳がわからず、ぽかんとする俺。
母が突然駆け出した。
「母さん!?」

伸ばした手の先に、よく知ってる人がいた。
実家にいる頃いつも見ていた人。写真立ての中で笑っている、俺と面差しのよく似た
青年。俺が2歳の時亡くなった父だ。
まっしぐらに父に向かって進む母を、踊り手たちは空気のようにするりとかわし、
何事もなかったかのように踊り続ける。
一足ごとに母の時間が逆戻りする。わずか3年余りの妻としての日々と、その何倍もの
母としての時間。今、父の手を取りながら、母は堰を切ったようにしゃべり続け、
父は黙って微笑みながら、時折相槌を打っている。二人の間に涙はない。何を話して
いるか、俺には聞こえないが、きっと言葉で時間を溶かしているのだろう。
時を越え、両親は恋人同士に戻っている。初めて見る両親の姿。ああ、父はあんな風に
笑う人だったのか。母はあんな風にはにかむ人だったのか。これだけの歳月を隔て、
まだ惹かれ合う二人に、思わず胸が熱くなる。
父に誘われ、母が踊りに加わる。なかなか上手い。本当に楽しそうに踊っている。
俺の頭の中で太棹が鳴り、太夫の声が響く。
“…おのが妻恋、やさしやすしや。あちへ飛びつれ、こちへ飛びつれ、あちやこち風、
ひたひたひた。羽と羽とを合わせの袖の、染めた模様を花かとて…”
両親の番舞をぼーっと眺めていたら、ふと俺の事を思い出したらしい母が、父の手を
引いてこっちへやって来た。ほぼ初対面の人に等しい父親に、どう挨拶すべきか。
戸惑って言葉の出ない俺を、おっとりとした弟と雰囲気の良く似た父は、物も言わずに
抱きしめた。俺よりずいぶんほっそりしているけれど、強く、温かい身体。父親って
こんなにしっかりした存在感があるのか。
「大きくなった…」万感の思いのこもった父の言葉。
気持ちが胸で詰まって言葉にならない。ようやく絞り出せた言葉は「父さん…」
「うん」
優しい返事が返って来た。もう限界だった。俺は子供のように声を放って泣いた。

母の事を笑えない。気が付けば、俺は夢中で父に、友人の事、仕事の事を一生懸命
話していた。今までは、そんな事は自分の事だから、他人に話してもわかるまいと
思い込み、学校での出来事さえ、必要な事以外は母に話さなかったのに。
父の静かな返事や一言が嬉しかった。子供が親に日々の出来事を全部話したがる
気持ちが、初めてわかったような気がする。
俺の話が一段付いた時、父は少し寂しそうな顔をした。
「ごめん。もっと一緒にいたいけど、そろそろ時間みたいなんだ」
時は歩みを止めてくれなかった。でも、嫌だと駄々をこねたところで詮無い事。
大事な人に心配をかけるだけ。ああ、わかっている。笑って見送ろう。
「口惜しいよ、おまえたちの力になってやれなくて…」
「大丈夫、任せろよ。俺がいる。」
長男だもの。俺は親指を立て、父に向かって、偉そうに大見得を切った。
安心したように頷く父に、母がとても優しい眼差しを向け、父が最上級の笑顔を返す。
「…じゃあ、そろそろ行くよ」父は、踊りの輪の方を向いた。
「父さん」呼びかけずにはいられなかった。
父が振り返る。
「俺、二人の子供で良かった」本当に、そう思った。
父は嬉しそうに笑い、そのまま煙のようにすうっと姿を消した。
母はしばらく無言で父が姿を消した辺りを見つめていたが、やがて諦めたように
首を振り、「帰りましょう」と俺を促した。

翌朝、まだ眠っている母を部屋に置いて、奥貴船橋の袂まで行って見た。
昨夜の、橋の袂をくっと左へ折れ、山の中へ入る細い道は、やっぱりなかった。
あの老人が言っていた。“山祭り”は、時が合わねば成らないのだと。
それは俺たち親子が見た幻だったかもしれない。
でも、逢いたい人に会え、伝えたい事を伝えられた。幸せな旅だった。
  1. 2005/10/01(土) 13:50:51|
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