ほんのりと怖い話。

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ウラミノワ

正月休みの時に先輩から聞いた話をさせて頂きたいと思います。

ただ、この話は当事者の家族がまだ生きている為、仮名と多少の脚色を交えて書き込みさせて頂きます。
また、「家に関する…」という主旨からは若干外れてしまうかも知れない
上、内容が内容だけに、特に女性の方はあまり読まない方が良いかも。

その先輩は、某地方の山奥に有る、小さな集落出身です。
私自身、学生の時に一度だけその場所に行った事がありますが、とても寂しい場所でした。
住んでいる人が温かい人達ばかりだった為、その集落の寂れ具合が余計目立っていました。

さて、久々にその先輩と会ったので、色々と昔話に花を咲かせていたのです
が、たまたま彼の実家が有る集落の話になりました。
私「実家には帰りました?」
先輩「うん、まあ…」
私「…どうしたんです?親御さんと喧嘩でもしたんですか?」
先輩「そうじゃなくてさ。一応帰ったんだけど、色々と考える事があった」
私「親御さんの跡を継ぐ話でも出たんですか?」
先輩「いいや、違う。もっと根本的な話だよ」

そして、以下は彼が初めて私に打ち明けた話です。

彼が住んでいた集落には、昔で言うところの庄屋的立場の人が居ました。
家も大層立派で、すぐにこれだ、と分かるぐらいの大きな旧家です(私も集落に行った時、すぐに分かりました)。そして、結構な土地持ちでもあったようです。

が、土地持ちと言っても威張り散らす事も無く、近所の人達にはとても親切、村人の相談に乗ったり揉め事の仲介をしたり…と、人望も厚かったようです。
また、大の子供好きでも知られており、集落の子供を呼んで習字を教えたりご飯をご馳走したり(これが、本当に豪華だったらしい)もしていました。

そして、その家には息子さんと娘さんが居ました。息子さんは既に独立して家を出ていたそうですが、娘さんの方はまだ家に居て、先輩が3歳位の時には、既に中・高校生程の年齢であったと言います。
先輩は彼女の事を、とても鮮明に覚えていると言います。

女性の綺麗な黒髪を、「濡れた烏の羽の色」と言いますが、正しく彼女はそれでした。
真っ直ぐに伸びた黒髪を腰ぐらいまで伸ばし、それをいつも束ねていたそうです。
そして、肌も驚くほど白く、顔立ちも美人そのもの。

所謂、大和撫子でした。

ただ、彼女には変わっている所がありました。まず、学校に行っている様子が無い。
どこか悪いようにも見えないし、中学か高校に行っていてもおかしくない年齢だというのに、朝も昼もずっと家に居る。
また、庄屋の家の家族は村人とよく接するのに、彼女だけは家に閉じこもって出てこない。
聞けば、「学校どころか、家からも出たがらない」との事でした。

でも、彼女も庄屋の両親同様、子供達に対してだけは非常に面倒見が良く、日頃遊ぶ相手が居ない為か、家に遊びに来る子供達の遊び相手をよくしていました。
その可愛がり様はまるで、我が子を相手にしているような感じであったそうです。

そして、遊び相手をする子供に、外の様子を頻繁に聞くそうです。それは本当に些細な質問で、テレビを観たりしていれば、すぐに分かりそうな内容でした。
「そんなに知りたければ、自分から外に出ればいいのに…」と先輩は思ったそうです。

さて、それから暫くして、子供の遊びに1つの変化がありました。TVゲームの登場です。
それと共に庄屋の家に遊びに行く子供達も減りました。
先輩も例に漏れず、 親に買って貰ってゲームをする毎日だったそうです。
庄屋の家でお絵描きや草笛、笹舟を作ったりお手玉で遊ぶよりも、TVゲームの方が遥かに刺激的でした。

それから数年が経過しました。先輩は相変わらずゲームや、友人と某カードの交 換などをして遊ぶ毎日だったのですが、たまたま学校で「自分の身近な歴史を知りましょう」といった主旨の宿題を出されました。

最初は親に聞いたのですが「ずっと農業してた」程度しか答えてもらえず、悩んだ末に「庄屋の人なら家も古そうだし、何か知ってるかも知れない」と思い立って行ってみる事にしたそうです。

で、先輩はノートと筆記用具を抱えて庄屋の家に行きました。数年振りなので、
少し緊張したのですが、門をくぐって玄関へ。が、誰も出てきません。
『おかしいな、皆留守なのかな?』と思っていると、家の奥から怒鳴り声と泣き声が。

何事か、と思った先輩は縁側の方に廻りましたが、何も見えません。しかし、相変わらず怒鳴り声は聞こえます。
その声の元を確かめたい、という強い好奇心に駆られた先輩は、縁側から家に上がり込みました。

先輩は足音を忍ばせながらゆっくりと歩き、声を頼りに奥の間へ。
そして、とうとう声のする部屋にぶち当たりました。
少し躊躇いましたが、襖を少しだけ開けて中の様子を見た彼の目に、とんでもない光景が飛び込んできました。

部屋には布団が一枚敷かれていました。そして、その上には例の娘さんがペタリと座り込んでいます。
が、ひと目見て「様子がおかしい」事は、小学生の先輩にも分かりました。

目を大きく見開き、髪を掻き毟ってうなり声ともつかぬ声で喚いています。
そして、口から飛沫を飛ばしながら、「どこへやったぁ!出せぇ!」と、繰り返し叫んでいました。
昔、先輩に折り紙や草笛を教えてくれた娘さんの面影はありませんでした。

娘のすぐ脇には、泣いてオロオロする庄屋夫婦。部屋の隅には、何事かをつぶやく祖母が居ました。

庄屋の泣き声であまり聞こえなかったのですが、祖母は「この家に生まれた娘なんだ。いずれはこうなるって分かってたんだ。しょうがねぇ事だ」という感じの事を呟いていたそうです。

この、尋常でない光景を見た先輩は兎に角逃げ出したそうです。走って家まで逃げ帰り、事の次第を大まかですが親に話しました。
すると、親の顔色が突然変わりました。そして「見た事は誰にも言っちゃいけない」
と、固く口止めされたそうです。
結局、何故娘さんがそうなったのか、どうして口止めをするのかは教えてくれませんでした。

それから10年以上の月日が流れました。いつしか庄屋の家は無人になり、先輩自身も
進学の関係で都会へ。そのまま就職し、毎年のお盆と年末には帰省していました。

そして、今年の冬の事です。
先輩は帰省して自分の父親と酒を飲んでいた時に、たまたま庄屋の話題になりました。
すると突然、「お前も大きくなったし…」と言って、父親は先輩に対して以下のような話をしてくれました。

その昔、庄屋の祖先(当時は地侍か何か)にとても女癖の悪い人が居たそうです。
気に入った女性はどんな手を使ってもモノにする。それに加えて、かなりの暴君でもあったようです。

さて、その暴君には何人かの息子と、1人の娘が居ました。
息子達は、父親に似て粗暴でありましたが、娘は優しい性格をしており、父や兄弟を嫌っていました。
その上、外見も綺麗な黒髪に白い肌、とても綺麗な顔立ち…との事で、周囲の人間で惚れる者も少なくなかったようです。

娘は父親や兄弟の所業で被害を蒙った人々を助け、その度に父を諌めました。
が、父親はそんな娘の忠告に耳を貸すどころか、忌々しい奴だとさえ思っていました。
そして、ある日とうとう、娘は父親の逆鱗に触れてしまいます。

今となっては理由は分かりませんが、本当に些細な事だったと言います。
怒り狂った父親は自分の娘を、何と手篭めにしてしまいました。
しかし、それだけでは収まりませんでした。
娘は牢に入れられた上、食事もろくに与えられず毎日のように父親の相手をさせられました。

娘は満身創痍、体もすっかりやせ衰えて以前の美しさは見る影も無くなりました。
通常ならば、ここで発狂をしてしまうでしょう。が、彼女は驚くべき精神力で耐え抜きました。
そして、子供を身篭ります。

彼女自身、色々と悩む所はあったのでしょうが、結局その子供を産んだとの事です。
そしてその子供を「この子供だけでも助けてやって下さい」と、牢番を担当していた家来に託そうとします。
しかし、家来は父親からの報復を恐れる余り、それを拒否しました。

牢での苛酷な環境に耐えられなかった子供は、すぐに死んでしまいました。
そして、これを機に娘の精神も破綻をきたします。毎日のようにうわ言を呟き、突然ゲラゲラと笑い出します。
やせ衰え、糞尿まみれになった彼女の不気味な笑いは、とても正視できるものではありませんでした。

そしてある日、とうとう彼女は死んでしまいました。
死ぬ直前に正気に戻ったのか、父親や兄弟、手を貸してくれなかった家来の名前一人一人を挙げ、「コイツの子孫は○○にしてやる」「コイツは○○で殺してくれる…」と言ったそうです。

死んだ娘さんは父親によって打ち捨てられ、野に晒されるままになっていました。
しかし、怨みを恐れ、更に不憫だと思った村の人間や家来達が、ねんごろに弔ったとの事です。

話を全て聞き終わった先輩は、父親に尋ねました。「何故、親父がそこまで細かく知ってるんだ?」と。
父親はこう返しました。

「その娘が託そうとした子供を拒否した牢番の家来というのは、
うちの先祖だからだ」と。

唖然とする先輩に、父親はこう続けました。「うちの先祖も加担した人間として、名指しで怨みを言われた。
けれど、子々孫々に渡ってこの話を受け継ぎ、決して同じ過ちは
繰り返さない、もしも同じような場面に遭遇したら、その時は必ず助ける。
毎日、そうやって祈っているお陰か、うちでは誰一人怨みで死んでいる人間は居ないようだ」

ちなみに、先輩の先祖が言われた内容は「お前は子供を助けてくれなかった。
お前の子供も、同じ目に遭わせてやる」といった内容だったそうです。

先輩は気付きました。自分が小学生の頃に庄屋の家で見たあの光景。
庄屋の娘さんが「どこへやった」というのは、遥か昔に不幸な死を迎えた、先祖の子供の事ではなかったのかと。
祖母が呟いていた「しょうがねぇ事」というのは、この事だったのだ、と。

また、先輩が庄屋さんの家で遊んでいた頃、娘さんが「まるで我が子に接するような優しさで可愛がってくれた」事も思い出しました。
そして、頻繁に外の出来事を聞いてきた事も。
それはまるで、牢に閉じ込められた彼女の先祖の様ではないか…。

正しく農村の黒歴史、といったところでしょうか。ちなみに、この話は郷土史等には一切登場していないようです。
何故なら、この事件の関係者だった子孫はまだ数多く居ますし、
それを出すとなると何かと問題になるからだそうです。

1つ分かることは、庄屋の子孫だけは怨みを逃れることは出来なかったという事です。
噂によれば、庄屋の娘さんは精神病院へ、祖母は他界し、それをきっかけとして庄屋夫婦は遠くへ引っ越したとの事です。
ただ、庄屋さんには娘さんの他、息子さんが1人居ます。
出来ることなら、息子さんが「怨みの輪」を断ち切ってくれると良いのですが…。
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  1. 2005/10/05(水) 14:49:16|
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